「天才」とも「モンスター」とも呼ばれるボクサー、井上尚弥さんとノニト・ドネア(フィリピン)との一戦が11月7日(2019年)、さいたまスーパーアリーナで行われる。
ボクシング主要4団体の世界チャンピオンや世界ランカーによる真の世界一を決めるトーナメント、「ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ」(WBSS)のバンタム級決勝のカードだ。この対戦を前に、井上さんの2冊目の著書『勝ちスイッチ』(秀和システム)が刊行された。
井上さんは1993年、神奈川県座間市生まれの26歳。現在、WBA、IBF世界バンタム級王者だ。2018年にバンタム級に転向してから、5月に10年間無敗だったWBA世界バンタム級王者、ジェイミー・マクドネル(英国)を112秒で沈め、10月にはWBSSの1回戦で、元WBA世界同級スーパー王者のファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ)に70秒で勝ち、今年(2019年)5月、英国グラスゴーで開かれた準決勝では、IBF世界同級王者のエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)を、259秒で倒した。
プロになってから18戦18勝(16KO)無敗。まさに異次元の勝ち方で登場したスターに熱い視線が送られている。1人1冊の人物特集を組む「別冊カドカワ」(株式会社KADOKAWA)の2019年10月25日発売号にフィーチャーされた。スポーツ選手の登場は野球の大谷翔平さん以来だ。
また、11月7日の対戦は、NHKが57年ぶりにプロボクシングを中継することでも話題になっている。BS-8Kでの放送で、地上波ではフジテレビが中継する。
このように注目を集めているが、本書の第1章の扉には「僕は天才ではない」の1行がある。血がにじむような練習の一端を明かし、「秀才が努力しているプロセスなのだ」と自己評価している。ボクシング界での天才は「元WBC世界バンタム級王者の辰吉丈一郎さんだろう」と書いている。天才とは、「何もしていないのにできる人。努力しないで才能をリング上で発揮できる人」であると。
本書は「勝利スイッチ」「決戦スイッチ」「思考スイッチ」「肉体スイッチ」「モチベーションスイッチ」「最強スイッチ」「未来スイッチ」と各章のタイトルが付いている。
独特のボクシング観が随所に見られる。勝利へのデザインを「作業」と呼んでいる。「一撃必殺のKOパンチを当てる前に、相手をいかに弱らせるか、の作業」であると。
そのためには「相手を崩す」「相手にボクシングをさせない」「相手の長所を消す」ことが求められる。パンチを外すのも、当てるのも作業はミリ単位だという。
今度の対戦相手のノニト・ドネアについても詳しく分析している。レジェンドと呼ばれるドネアの長所は左フックだ。これまでほとんどクリンチをしたことがない井上さんだが、接近戦になるパターンも想定し、クリンチの練習もしているそうだ。
「レジェンドがやられて嫌なことをひとつひとつ入れていくことでドネアのメンタルをパニックに陥れたいのである」
本書を読んで意外に思ったことがいくつかある。プロになり敗け知らずの井上さんだが、アマチュア時代に6敗しているのだ。ロンドン五輪のアジア予選でも世界選手権銅メダリストのカザフスタン選手に敗れた。自分はまだ肉体的に未完成の高校生だったが、相手は成熟した大人。スタミナ切れが敗因だったという。
高校生時代は国体などを含めて8冠をめざした。7冠は達成したが、ひとつだけ敗れ、大きなショックを受けた。どうやって、その挫折から立ち直ったのか、「剣豪」のような「道場破り」をしたというから、その詳細は本書で読んでもらいたい。
「あとがきのようなもの」に東京五輪の話が出てくる。プロアマ交流の象徴としてプロの東京五輪参加が解禁されるのではないか、という噂が立った。東京五輪挑戦はあったのか、という質問に対して「微塵もない」と答えている。「アマのトップレベルの拮抗した試合ってジャンケンみたいなものなんです。リスクしかないですよ」。ボクシングのプロとアマの違い、奥深さが垣間見えた。
会社経営のかたわら、セコンドをつとめる父・真吾さん、弟の拓真さんの話題もたびたび出てくる。11月7日は、セミファイナルで、拓真さんはWBC世界バンタム級タイトルマッチをノルディ・ウーバーリ(フランス)と戦う。兄弟初のダブル世界戦だ。ボクシングを通して家族の絆を深めてきた井上家のエピソードもいろいろ紹介している。
今回の本作りはスポーツ編集者・本郷陽一さんの協力を得たとは言え、井上さんのことばはどこまでも明解だ。肉体も思考も鍛えられている、新しいタイプのスポーツ選手の登場を予感させる。
7日の夜は井上さんから、どういうことばが飛び出すか。目が離せない。
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