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広島の「マザー・テレサ」が「善行」を始めた意外な理由

  • 書名 実像
  • サブタイトル広島の「ばっちゃん」中本忠子の真実
  • 監修・編集・著者名秋山千佳 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2019年10月25日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数四六判・252ページ
  • ISBN9784041086155

 広島の「マザー・テレサ」と呼ばれる女性がいる。「ばっちゃん」の通称で知られる女性、85歳の中本忠子さん。広島市にあるアパートを拠点に約40年にわたり、非行少年、非行少女をはじめ、生きづらさを抱えている人たちに無償で手料理を提供し、生活の立て直しを支援してきた。

 その善行は多くのメディアに取り上げられ、本人の意に反して"聖人化"されていった。だが、その動機はいっさい謎に包まれていた。本書『実像 広島の「ばっちゃん」中本忠子の真実』(株式会社KADOKAWA)は、その"情と業"に迫った迫真のルポだ。

NHKスペシャルで「全国区」に

 著者の秋山千佳さんは、1980年生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業し、朝日新聞社に入社。大津、広島の両総局を経て、大阪社会部、東京社会部で事件や教育などを担当した。2013年に退社し、フリーのジャーナリストとして活動する一方、九州女子短期大学特別客員教授を務める。著書に『ルポ 保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』(朝日新書)のほか、『戸籍のない日本人』(双葉新書)がある。

 秋山さんが初めて中本さんを取材したのは、2016年1月。保護司向けの雑誌に掲載されていた中本さんの記事を目にしたのがきっかけだった。40平方メートルの2DK。刑務所で受刑者が作った木のタンスや棚が壁際を埋めるなか、大きな食卓とこたつテーブルが目をひいた。

 中本さんは開口一番、こう話し出した。

 「ここに来る子いうたら、親が薬物依存症、刑務所に出たり入ったり、虐待、ネグレクト......。まず普通の家庭の子は来んけんね。毎日のことじゃけ、盆も正月も休めんのよ」

 その後、早めの夕食としてカレーライスがふるまわれた。夕方には「ばっちゃん、腹減ったー」と少年たちがやってきた。一日3~10人くらいの子どもや少年が来るという。

 貧困や虐待などで苦しむ子どもたちを取材してきた秋山さんは、食卓でごく自然に彼らと向き合う中本さんに惹かれた。

 なぜ、そこまで尽くせるのか。動機を尋ねても「一切過去は振り返らんの。前進のみ」とつれなかった。保護司になる前の経歴は次のようなものだった。

 「広島・江田島の出身。二十一歳で結婚し、三人の男の子を授かったが、末の子が生まれた直後に夫を心筋梗塞で失う。父親の記憶がないほど幼かった三人を女手一つで育てた――」

 翌17年4月、東京であった吉川英治文化賞での授賞式で再会。「これということは何もしていない。ただ長年、子どもたちに食事を作って食べていただいたというだけのことと思っております。まあ、でもこれからも体の続く限りやらせていただきたいと思っております」と簡潔にあいさつした中本さんに接して、その実像に迫りたい、としばしば広島を訪れるようになった。

 17年には吉川英治文化賞、ペスタロッチー教育賞、内閣府子供と家族・若者応援団表彰(内閣府特命担当大臣表彰)と受賞が続き、3冊の本も刊行された。さらにNHKスペシャルで「ばっちゃん~子どもたちが立ち直る居場所~」として放映され、その名は全国区になった。

あまり触れられたくない「過去」

 その年2月17日、広島駅近くのホテルでは、受賞と出版を祝う祝賀会が開かれた。189人の出席者の中心にいたのが、安倍晋三首相夫人である安倍昭恵さんだった。中本さんは普段はしない化粧をして、どこか他人事のような顔つきをしていたという。「こんなはずじゃなかった」と思った秋山さんは、さらに深く取材を進めた。

 中本さんの三男・善範さん夫婦らの協力を得て、少しずつ浮かび上がる「実像」。ここではネタばれしないよう、ぼかして書いておく。中本さんが善行を始めた理由は驚くべきことだった。そして、その因果関係に読み終えた読者はしばし、茫然とするだろう。

 戦前、中本さんが育った軍港・呉市での過去を遡る取材。また、40代になり移り住んだ広島市基町、かつて「原爆スラム」と呼ばれた地区での「差別」の掘り下げなど、ジャーナリストとして目いっぱいの仕事をしている。

 中本さんを訪れる子どもたち、なかんずく少女たちに寄り添う姿が印象深く書き込まれている。性的虐待のトラウマに由来する自傷行為や性依存、摂食障害などに苦しむ子どもたちに、負の連鎖を断ち切るべく中本さんは活動する。

 さて、あまり触れられたくない「過去」も本に書くと伝えた著者に、中本さんはこう答えた。

 「いいんじゃない、あなたがええと思ってするんじゃけん。それでええじゃん。それだけ取材を一生懸命したきたんじゃけん。大丈夫、そんなことで心配することはないよ。お互いに信頼しおうてしてきたことじゃけんね」

 19年5月、中本さんが理事長を務めるNPO法人食べて語ろう会は、自立準備ホームを広島市内に開設した。「少年院を出た後、帰る場所のない少年を迎え入れる施設をつくりたい」という悲願が実現したのだ。中本さんの「実像」そして「真実」を知り、さらに多くの人の支援が寄せられることだろう。

 BOOKウォッチでは関連で、『精神障がいのある親に育てられた子どもの語り』(明石書店)、『東京貧困女子。』(東洋経済新報社)、『その子の「普通」は普通じゃない』(ポプラ社)などを紹介している。

 

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