600冊もの作品がある官能小説家・睦月影郎さん(昭和31年生まれ)は、本名の奈良谷隆名義で時代物や戦記を書き、ならやたかし名義では、マンガ(代表作『ケンペーくん』)も出している。そんな還暦世代の睦月さんが、マンガにまつわる思い出をつづった青春エッセイが本書『ぼくのマンガ道』(鈴屋出版)だ。
序章「マンガがあれば何もいらない」に始まり、以下の構成になっている。
第1章 夢いっぱいのマンガ誌 第2章 憧れのちばてつや作品 第3章 少年マガジンに明け暮れて 第4章 マンガ家になりたかった 第5章 青年マンガの群像 第6章 何もかも手塚治虫に教わった 第7章 ベスト1は誰だ 第8章 テレビとのコラボ 第9章 思い出のマンガたち
かろうじて貸本マンガがあった世代だが、主流は月刊誌と週刊誌だった。月刊誌には何冊も別冊付録がはさまっていた。本誌では数ページだが、その続きが新書ほどの大きさの小冊子にラストまで描かれていた。ほかにも組み立て付録やソノシートも付いていた。ぱんぱんに膨らんだ月刊誌を買ってもらうのが、睦月さんの楽しみだった。週刊誌は友人と回し読みをしたり、理髪店でまとめて読んだりするのが、還暦世代が小学生の頃の常だった。週刊マンガ誌を毎週買ってくれるほど、親は裕福ではなかった時代だ。
たまに読んだ週刊マンガの前後のストーリーを想像することが、のちに話を作る小説家の下地になったかもしれない、と睦月さんは書いている。
当時のマンガにはロボットが欠かせなかった。『鉄腕アトム』(手塚治虫)、『鉄人28号』(横山光輝)、『エイトマン』(桑田次郎)などだ。
また戦記マンガが多かった。『紫電改のタカ』(ちばてつや)、『少年忍者部隊月光』(吉田竜夫)、『ゼロ戦レッド』(貝塚ひろし)など。終戦からまだ20年経っていない頃だった。
「とにかく当時の子どもたちにとっては、零戦への思い入れは特別なものであった」
マンガからプラモデルへと進み、零戦の72分の1スケールが100円。お金に余裕があれば、戦艦大和を作った。
月刊マンガ誌はやがて廃れ、週刊マンガ誌が全盛となる。睦月さんは、主流は何と言っても「少年マガジン」(講談社)で、人気作家がそろい、劇画にスポーツにギャグに怪奇と充実していた、と書いているが、異存はないだろう。ライバルの「少年サンデー」(小学館)は、「少し金持ちのお坊ちゃんが好むようなカラー」で、「少年キング」(少年画報社)は、「完全に男っぽいスポ根や戦記などを看板としていた」と色分けしている。第3章は「少年マガジン」に捧げており、『巨人の星』(川崎のぼる)のストーリーを推理し合うなど、マンガが子どもたちの重要な話題となり、生活や遊びにも関わっていた時代を回想している。
睦月さんは小学校5年生の頃からマンガ家をめざし、本格的にペンで描くようになった。石森章太郎の『マンガ家入門』を買ってもらい、模造紙を切り、鉛筆で下書きし、ペンに墨汁をつけて描いた。結局、小中学校の頃は、仕上げたマンガ原稿はどこへも持ち込まず、夏休みの自由研究として学校へ持って行っただけだという。
結局、睦月さんがマンガ家デビューしたのは30代に入ってからだ。巻末の「マンガの細道」に経緯を書いている。23歳で官能小説家デビュー。雑誌編集者と親しくなり、小説のほかにカットを描かせてもらううちにマンガ熱が再燃したのだ。
現代に蘇った憲兵が、現代のダメな若者たちをブチのめし続ける物語、『ケンペーくん』が誕生した。アナクロな物語だが、マニアックなファンを生んだ。しかし、滅茶苦茶な軍国主義がテーマなだけに、出版社は単行本化に首を振らない。しかたなく睦月さんは自費出版した。一冊千円で、コミケでは飛ぶように売れた。やがて、正式に出版社から発行され、文庫化もされ、豪華版も出た。
日本漫画家協会への入会手続きのため、文庫版を協会に寄贈した。するとある日、「もしもし、ケンペーくんですか」という電話があった。また右翼のオッサンかな、と思ったら、なんと憧れのちばてつやさんだった。ケンペーくんのファンだと言い、「過激マンガは描きたくても描けないので、羨ましい」と言われたという。
本文には376もの注があり、主要なマンガ家、作品について、掲載誌、掲載年などのデータが載っているので、少年マンガについての簡単なデータベースになっている。
もちろん官能小説家なので、マンガの女性キャラへの妄想など、それっぽい記述も少なくない。やはりマンガが官能小説への道を拓いたのだろうか。
BOOKウォッチではマンガ関連で、『マンガ「獄中面会物語」』(笠倉出版社)、『漫画が語る戦争 戦場の挽歌』 (小学館クリエイティブ)、『マンガの「超」リアリズム』(花伝社)、『谷口ジロー 描くよろこび』(平凡社、コロナ・ブックス)、『水木しげる漫画大全集』(全103巻、講談社)なども紹介している。
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