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江戸時代に長屋の家賃が安かった「笑える理由」

  • 書名 藩とは何か
  • サブタイトル「江戸の泰平」はいかに誕生したか
  • 監修・編集・著者名藤田達生 著
  • 出版社名中央公論新社
  • 出版年月日2019年7月19日
  • 定価本体860円+税
  • 判型・ページ数新書判・248ページ
  • ISBN9784121025524

 現在の都道府県は、江戸時代の藩をルーツにしている――ということぐらいは何となく認識している。ではどうして藩ができたのか。となると、元々あったんじゃないの、と口ごもってしまう人が多いのでは。本書『藩とは何か――「江戸の泰平」はいかに誕生したか』 (中公新書)は、藩のルーツとその生成過程を再検討したものだ。単に歴史をさかのぼることにとどまらず、昔の知恵をいかに現代に生かすかについても論究されている。

信長・秀吉の時代が終焉

 著者の藤田達生さんは1958年生まれ。三重大学教育学部教授。専攻は日本近世国家成立史の研究。『天下統一 信長と秀吉が成し遂げた「革命」』 (中公新書)、『秀吉と海賊大名 海から見た戦国終焉 』(中公新書)など多数の歴史書がある。本書はこの二冊に続くもので、三部作の完結編だという。

 本書の内容を非常に単純化して言うと、藩の成立は、天下統一をめざして戦乱が続いた信長・秀吉の時代が終焉した結果だ。

 戦国時代、すでに各地に城や城下町も形成されていたが、規模は大きくなかった。防御の必要性などから山城と、そのふもとに広がる谷間や盆地を利用した城下町が少なくなかった。戦国大名がしのぎを削って版図や勢力図がしばしば変わり、有名な安土城なども含めて大方の城や城下町は比較的短命で終わっている。

 本書によれば、戦乱の時代とは、軍拡・戦争経済の時代でもあった。信長が北陸地方の制圧にこだわった理由の一つは、この地域が中国船・朝鮮船・南蛮船の来航港になっており、その利権を掌握するためだったという。

 これは近代史を振り返っても明らかだろう。軍需で経済が活性化し、新たな領地を獲得することで経済圏が拡大する。そうした軍需経済が信長・秀吉の死去によって決着し、武士は失業、京都、大坂には流浪者があふれる。新たな政策による国家像の再構築が必要になった。そこから生まれたのが「藩」というわけだ。

復興の国家プロジェクト

 藩は慶長年間(1596~1615)から寛永年間(1624~44)にかけて半世紀がかりで形作られたという。藩主の国替え、平野部や海岸部への城下町の移転などで、守護大名や戦国大名の時代はガラガラポン。家臣団は軍団組織を維持しつつ、官僚・技術者集団へと様変わりする。「藩の創出こそが、三十年戦争(1568年の信長の上洛戦から、1598年の秀吉の死去に伴う朝鮮半島からの撤退までの長期戦争)で荒廃した地域社会の復興のために、藩主以下が一丸となって取り組んだ国家再建プロジェクトであり、その拠点として築かれたのが近世城下町だった」と藤田さんは考えている。

 本書の指摘でなるほどと思ったのは、平野部への城下町の進出についてのくだりだ。もはや戦いの時代が終わり、平時になったので、多くの領民を安定的に食べさせなければならない。そのためには食糧増産が必要。そこで各地の沖積平野の新田開墾が急務となった。すでに用水・ため池を掘削し、土塁や石垣を普請する技術は蓄積されていた。太閤検地で地主権を否定されていた有力百姓たちも進んで協力した。戦乱の時代には手が回らなかった平野部の開墾が、泰平の世になって一気に進むことになったというのだ。

 ちょっと笑ってしまったのは、江戸時代に「長屋」の家賃が安かった理由。大家さんは店子の糞尿を「下肥」(肥料)として百姓に売る権利を持っていた。たしかに近年まで田畑の有力な肥料と言えば「下肥」だった。こうして、急増する都市の人びとと農村の生産物は有機的なつながりを持ち、城下町の食と経済が保たれていたというのだ。

 そういえば井上章一さんのベストセラー『京都ぎらい』にも似た話が出てくる。井上さんがまだ若いころ、現在は重要文化財になっている有名な杉本家住宅の九代目当主、故・杉本秀太郎氏を洛中に訪ねたときのこと。「君、どこの子や」と聞かれ、(京都市内西方の)「嵯峨から来ました」と答えると、杉本氏は「昔、あのあたりにいるお百姓さんが、うちへよう肥(こえ)をくみに来てくれたんや」と懐かしんだ。要するに杉本家の糞尿の回収作業をしていた地区の子か、「田舎の子なんやな」というわけだ。初対面の杉本氏にいきなり「肥くみ」と一発かまされ、落ち込んでしまった、というエピソードだが、この話なども京都における「洛中」と「洛外」の間で長く続いた「循環社会」ぶりを伝えている。

衰退する現代の地域社会

 本書は「第一章 近世城下町の画期性」「第二章 藩の思想」「第三章 藩の創始者たち」「第四章 藩の設計者たち」「第五章 東アジアの幕府・藩」に分かれている。

 戦国時代が終わって、新たに作られた城の多くが、過去の城から資材を流用、再利用したものだったということは初めて知った。「使い捨て」が当たり前だったそれ以前とは城づくりの「思想」も変わったという。戦乱で疲弊していたこともあるのだろう。「もったいない」の原点だ。

 周知のように、藩制度は明治維新の大政奉還、廃藩置県で壊れる。明治の日本が近代国家として再スタートするときに、再び大きなシステムチェンジをすることになったからだ。土地は私有制となり、地租改正で税金を取られるようになった。藩による保護を基本としていた人々の暮らしは、近代資本主義の荒波に放り込まれて現在に至る。

 著者は、藩の研究者として、藩の時代にあったメリットについて語る。

 「用水・井戸をはじめとする生活インフラや、城郭・武家屋敷とその消費財以外の家財については共有財産だった」
 「町人地においては、同業者町の専売権は保障されていたし、長屋の店賃はきわめて安かった」
 「新国家の成長と地域社会の活性化は、同時に進められたのだ」

 河合雅司さんの『未来の地図帳――人口減少日本で各地に起きること』(講談社現代新書)などの著書によれば、今や地方は衰退の一途で、消滅の危機に瀕する自治体も少なくない。吉原祥子さんの『人口減少時代の土地問題――「所有者不明化」と相続、空き家、制度のゆくえ』(中公新書)によると、日本の私有地の約20%はもはや所有者が分からない。相続放棄の土地が増えているからだ。

 こうした現状をどのように解決し、未来に引き継ぐか。それには上述のような江戸時代の「共有制度」も少なからず参考になるのではないか――。著者は三重大学の大学院地域イノベーション学研究科の教授も兼任しており、地域社会の疲弊を目の当たりにしていると思われる。したがって本書では、単なる歴史の研究者を超えた「地域再生」への思いも強調している。

 (追記) 東京・両国の江戸東京博物館では11月4日まで「士 サムライ―天下太平を支えた人びと―」展を開催中。藩の運営を担った「役人=サムライ」の姿や働きぶりを知ることができる。

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