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420年前に「南米に日本人がいた」!

移民と日本人

 平凡なタイトルの本から思いがけない物語が浮上してくることがある。本書『移民と日本人』(無明舎出版)もその一例だ。副題に「ブラジル移民110年の歴史から」とあるように、明治以降のブラジル移民を扱ったものと思いきや、意外な話が出てきて驚く。その詳細は後述するとして、まずは著者の深沢正雪さんの紹介から。

『パラレル・ワールド』で潮ノンフィクション賞

 深沢さんは1965年、静岡県沼津市生まれ。92年からサンパウロ市にある日本語新聞「パウリスタ新聞」で研修記者をして95年にいったん帰国。群馬県大泉町でブラジル人労働者とともに働いた経験などをもとに『パラレル・ワールド』を出版し、99年に潮ノンフィクション賞を受賞した。そして2001年から今度はサンパウロの日本語新聞「ニッケイ新聞」で働き、04年から編集長を務めている。著書に『一粒の米もし死なずば――ブラジル日本移民レジストロ地方入植百周年』、『「勝ち組」異聞――ブラジル日系移民の戦後70年』(いずれも無明舎出版)などもある。

 この経歴からも分かるように、日本生まれだが、ブラジルに渡って現地紙記者として働き、日本有数の日系ブラジル人コミュニティと言われる大泉町にも住んで、複眼的視点からブラジル移民問題に取り組んでいる人だ。

 日本では1990年に出入国管理及び難民認定法が改正され、就業活動に制限のない定住者資格が創設。日系3世に対して付与されるようになった。その結果、日系ブラジル人の来日が急増、2008年ごろには約30万人にも膨れ上がった。彼らはブラジルに住む約190万人の日系人の一部であり、さらに言えば明治以降の約25万人に上るブラジルへの移民の子孫だ。

 このところ日本には外国人労働者が増えている。日本に住む「移民」の実数は108万人から400万人まで諸説あるが、彼らとの共生はこれからの日本社会の大きな課題だ。そのあたりを念頭に、著者は、「外国で暮らす日本人を理解すれば、日本国内に住む外国人の気持ちも分かりやすくなる」とも考え、ブラジル移民の先駆者たちをたどっていく。

フランシスコ・ハポン、戦利品

 その中で冒頭にも記したように、特に驚いたのは「420年前に南米に来た日本人」がいたことだ。漂流民ではない。すでに1596年に日本人の青年が「奴隷」としてアルゼンチンで売られていた。これは50年ほど前にアルゼンチンのコルドバの歴史公文書館で奴隷売買の証書が見つかって分かったそうだ。「日本人種、フランシスコ・ハポン、戦利品(捕虜)で担保なし、人頭税なしの奴隷を800ペソで売る」と書かれている。残念ながら日本名は記されていない。

 この青年は97年に「私は奴隷として売買される謂れはない。したがって自由を要求する」と裁判を起こし98年に勝訴、自由の身になったという。これらの記録をもとに今ではアルゼンチンのコルドバが「南米日本人発祥の地」になっているのだという。

 このほかペルーにも17世紀の初頭、20人ほどの日本人が奴隷として連れてこられ、リマに住んでいたという記録が見つかっている。

 これらの中南米の日本人奴隷については、すでに先行の専門的な研究書があるそうで、本書はそれらからの引用だ。

 日本では16世紀中葉から17世紀前半にかけて戦乱が続き、多数の捕虜や難民が生まれた。それらの一部は、勝った側から「奴隷」としてポルトガルの奴隷商人に売り飛ばされ、海外に連れ去られたという話はよく知られている。本書で紹介した『飢餓と戦争の戦国を行く――読みなおす日本史』(吉川弘文館)などにも出てくる。

 加えて本書では、国内の弾圧されたキリシタンや関が原や大坂の陣の敗残浪人なども、「海を渡った」可能性があることを紹介している。

 中南米への渡航ルートとしては、すでに1565年にフィリピンからメキシコへの太平洋横断航路が開かれていた。当時のマニラには、奴隷として売り飛ばされ、スペイン人の下僕となっていた日本人も少なくなかったようだ。本書は、そうした人の一部が、中南米へ向かうスペイン人に同伴した可能性も示唆している。

明治天皇の孫も「移民」の1人

 そういえば1613年の支倉常長をトップにした慶長遣欧使節団も、太平洋・メキシコルートだった。本書では1582年から90年にかけて、ローマに派遣され帰国した少年使節団が、道中の世界各地で日本人奴隷を目撃して驚愕していた話も出てくる。大航海時代は島国の日本人もまた、様々な形で世界各地に散った時代だったことを再認識できる。

 本書では、戦後の「移民」のくだりで、これまた珍しい人物が紹介されていた。多羅間俊彦氏(1929~2015)。戦後に総理大臣も務めた東久邇宮稔彦王の第四王子で明治天皇の孫にあたる。元外交官家の養子となり、1951年にブラジルに移住。沖縄県出身の移民で資産家の娘と結婚し、のちにブラジルに帰化した。「明治天皇から見て孫は30、40人いるけど、男子最年長が昭和天皇で、僕が一番若手」と自己紹介するのが常だったという。

 著者は多羅間氏に直接会っていろいろ聞いている。ブラジル移住については、「父から別に反対されませんでした」「私は最初から永住の気持ちでしたよ」。帰化したのは「ブラジルに住むならここで選挙権を取ったほうが良い」と考えたからだという。移住60年の感想は、「いいところに来たと思いますよ」。

 皇籍離脱の悔しさは「ぜんぜん無いね」。かつて、女性天皇は「いいじゃないですか。ちょっと憲法を変えるだけでしょう。私は大歓迎です」「女王様が誕生すれば日本人の意識も変わる。日本も変わるでしょう」と語っていたことも。過激なまでにリベラルな気風、開明的な生き方が一貫されていると著者は評している。

 本書はこのように、いわば「貴」と「賤」の両方にウィングを広げながら、「移民」になった多彩な人々をたどる。「明治時代の"負け組"」「アマゾンに消えた反戦論者」「日系社会にも認められた沖縄系」「混血児や戦災孤児も」・・・その一人一人についてノンフィクションが書けるのではないかと思わせるほどだ。そうした複雑な出自と新天地での艱難辛苦は、今日、日本にやってくる「外国人労働者」たちにも共通していることなのだろう。

 本欄では移民関連で『団地と移民』(株式会社KADOKAWA)、『コンビニ外国人』(新潮新書)、『世界史を「移民」で読み解く』(NHK出版新書)など、戦国時代の覇権争いについては『戦国日本と大航海時代―― 秀吉・家康・政宗の外交戦略』(中央新書)などを紹介済みだ。

  • 書名 移民と日本人
  • サブタイトルブラジル移民110年の歴史から
  • 監修・編集・著者名深沢正雪 著
  • 出版社名無明舎出版
  • 出版年月日2019年6月 8日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数A5判・180ページ
  • ISBN9784895446532
 

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