昨年(2018)年9月15日に亡くなった樹木希林さんのことばを記録した本が、よく売れている。本欄でも100万部を超える大ベストセラーになった『一切なりゆき』(文春新書)などを紹介した。もう希林さんの本は出尽くしたと思っていたら、一周忌を前に、再び希林さんの本が出るという。「どういうことだろう」と本書『この世を生き切る醍醐味』(朝日新書)を読んでみると、死を意識した希林さんの覚悟がほとばしっていて、圧倒された。
亡くなる半年前、最後のロングインタビューをしたのは、朝日新聞編集委員の石飛徳樹さん。本書の冒頭にいきさつを書いている。連載「語る 人生の贈りもの」の取材のため、3時間あまりインタビューしてお開きにしようという時に、希林さんが2枚の写真を取り出した。がんがあると黒く表示されるPET(陽電子放射断層撮影)の写真だった。2枚目は全身が真っ黒になっていて、がんが全身に転移していることを示していた。そして、こう切り出した。
「私は今年いっぱい、ということなのでね。そのことを踏まえて、私はきょうここへ来てるわけ。これを聞いて、あなた方の取材がちっとも変わらないということであれば、私はちょっとやれない。やっても無駄だなぁって思う。人間として何をみつめていくかということを、悪いけど、そちらから出してくれないと、私はこれだけさらしたわけだからな。そういう身体なんだ」
希林さんに密着取材しているNHKの木寺一孝ディレクターも同席していた。この模様は後日、番組で放送されたので、ご覧になった方もいるだろう。石飛さんも木寺さんも完全に言葉を失っていたという。ともあれ、こうして初回を終えたインタビューは延べ3回7時間に及んだ。
新聞連載にはインタビューのほんの一部しか使えず、「これを眠ったままにするのは、むしろ罪なのではないか」と思った石飛さんが、「本にしない」という約束を破って本にしたのが本書である。13の見出しを見ると、希林さんの人生観が伝わるだろう。
1 私は「闘病」というのをした記憶がないのね。 2 仕事は出演依頼が来た順番とギャラで選んでいるんだから。 3 メインになってない分打たれ強いわね。 4 じゃあ、食いっぱぐれないように家賃収入で食えるようにしとこう。 5 ああ私って、口が悪くてケンカっ早いんだなと気づいたの。 6 別に脱がなくてもよかったのにさ、「私、脱ぐよ」って言ったの。 7 格好はバアさんなんだけど、気持ちは絶対に欲が深い。 8 美しくない人がどうして美しく写るんですか。 9 「遊びをせんとや生まれけむ」 10 同居したら老老介護でしょ。出来ないもん。 11 みんなの手を借りて育ったんだなぁ。 12 やっぱりいつまでも危ない感じっていうのは残しておきたいなと。 13 この年齢になると、自分は場外から見てるって感じ。
石飛さんは映画担当の編集委員のせいなのか、希林さんの人生にふれながらも自然と映画やテレビの話が中心になっている。日本映画について希林さんはこう語っている。
「映画って思想じゃない? 技術的にはね、なかなかアメリカやヨーロッパの映画に全部が届いているとは思えないけども、モノの考え方とかは、日本の、日本人の作り出す映画っていうのがこれから期待出来ると思うのよ。日本はさ、東洋の思想と西洋の思想を非常にうまく料理出来る国柄じゃないかしら。だから、そういうところから、見事なものが出てくるんじゃないかなぁ、って期待しているの」
希林さんが企画にかかわった映画が死後に公開されるなど、映画への思いは強かったようだ。
インタビューの最後は、こう締めくくられている。
「いまなら自信を持ってこう言えるわ。今日までの人生、上出来でございました。これにて、おいとまいたします」
巻末には娘、内田也哉子さんへのインタビューを約50ページ収録している。「母の結婚観や家族観はなかなか受け入れられなかった」と本音を明かしている。
石飛さんは本が出来たら墓前でこう報告すると書いている。
「樹木さん、ごめんなさい。本、作ってしまいました」
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