昨年(2018年)9月15日に亡くなった女優、樹木希林さんのことばを集めた『一切なりゆき』(文春新書)が、年末の発売以来50万部を超える大ベストセラーになっている。
飾らない人柄で多くのファンに愛された樹木希林さん。映画、テレビ作品のほか、雑誌の対談やインタビューに多くのことばを残していた。本書はそれらを突貫作業でまとめたものだ。出版・報道各社から記事転載の許可は得たものの、著作権者の連絡先がわからず見切り発車した部分もある。奥付に「お気づきの方は編集部までお申し出ください」とある。でも、このスピード感こそがヒットの理由だろう。亡くなってから3か月での刊行はみごとだ。生前色紙に書いていたことばからタイトルをつけたそうだが、希林さんらしい。
「生きること」、「家族のこと」、「病いのこと、カラダのこと」、「仕事のこと」、「女のこと、男のこと」、「出演作品のこと」の6章からなる。
ロックミュージシャン、内田裕也さんとの陰影ある結婚生活は後でふれるとして、生まれや育ちについて初めて知ることも多かったので、まずはその部分から。
「ほんとに笑っちゃうような家庭」の見出しでこう語っている。
「私の母は神田・神保町でカフェを経営してて、父は所轄の刑事(後に琵琶奏者)で、出会いました。母は再々婚。父は年下で初婚。(中略)ほんとに笑っちゃうような家庭で、複雑なんだけど、それも面白がるような家族でしたね」
役者として大成した希林さんだが、文学座でも最初は役者より楽屋当番で頭角を現したという。
「杉村(春子)さんが、『あんた、勘のいい子ねッ、来てちょうだい』って、だから小津安二郎監督の『秋刀魚の味』に杉村さんが出た時も、大船の撮影所に行ったんです。(中略)だから小津組の空気を吸ったわけです、私は」
仕事についての一言を抜粋すると、その人生観が伝わるかもしれない。
「いってみりゃ私らは和え物の材料ですから」 「キレイなんて、一過性のものだから」 「CMの契約期間中は、その会社の人間だと思っています」 「テレビは演じたものが瞬時に消えていくから好きだったんです」 「役者は当たり前の生活をし、当たり前の人たちと付き合い、普通にいることが基本」
内田裕也さんについての発言も多い。
「私が、なぜ旦那と別れないかと言うとね。十分に旦那がお飾りであるからなんですよ(笑)。私にとってですよ。夢や志を振りかざしたお飾りを十分演じてくれる」 「お互いに中毒なんです。主人は私に、私は主人に。だから、別れられないんです」 「妻という場所があるから、私自身も野放図にならないですんだ。人も余計な誘いをかけてこないし。若いころは、私だって誘われてもおかしくなかったですから」
実際、本書に収められている1973年10月、結婚式の日の写真を見ると、魅力的な笑顔をふりまいている。
物事に執着しない希林さん流の生き方を時代が求めているのかもしれない。靴は昔から、長靴も含めて3足しか持たないと決めていた。洋服や家具も自分で買ったものはほとんどなくて、もらい物が多い。本書には書かれていないが、不動産にはこだわったらしい。
28年一緒にやってきたマネージャーと別れてから、事務所も閉鎖して新しいマネージャーはつけなかった。前のマネージャーに申し訳ないという気持ちと自分の執着を断ち切る意味があったそうだ。晩年の希林さんに密着したNHKの番組を見たが、自分でスケジュールを調整し、自分で車を運転して現場に入る姿に圧倒された。
生前公開された最後の作品になった映画『万引き家族』の老婆の役について、「人間が老いていく、壊れていく姿というものも見せたかった」と語っている。
巻末の年譜によると、初めて自ら企画も手掛けた映画『エリカ38』とドイツ映画『Cherry Blossoms and Demons』が今年(2019年)公開され、遺作となるそうだから、まだスクリーンで希林さんに会う機会は十分ある。
本欄では没後に公開された映画『日日是好日』の原作『日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』(森下典子著、新潮文庫)を紹介している。
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