タイトルを見ただけで何となく内容が想像できる本がある。本書『隠された奴隷制』 (集英社新書)もその一つだ。奴隷制は過去の話だが、現代の私たちも、形を変えた「奴隷」ではないのか。おそらくそういう趣旨のことが書いてあるのではないかと想像した。概ねその通りだったが、新しい発見もあった。
「隠された奴隷制」という用語は、マルクスの『資本論』に登場するキーワードだという。マルクスについては、評者は高校時代に『共産党宣言』を読み、大学に入って『経済学・哲学草稿』を手にしたものの、難しくて挫折、以後は接触していない。したがって「隠された奴隷制」というワードは、恥ずかしながら初耳だった。
本書は、「第一章 奴隷制と自由──啓蒙思想」、「第二章 奴隷労働の経済学──アダム・スミス」、「第三章 奴隷制と正義──ヘーゲル」、「第四章 隠された奴隷制──マルクス」、「第五章 新しいヴェール──新自由主義」、「第六章 奴隷制から逃れるために」、「終章 私たちには自らを解放する絶対的な権利がある」に分かれている。
中学・高校あたりの「社会科」では必ず「啓蒙思想」を学ぶ。ところが、その先駆者である英国のジョン・ロック(1632~1704)は米国「カロライナ」での植民地経営に深くかかわっていた。彼が草案作成に関与した「カロライナ憲法」には「農奴の子はすべて農奴であり、それは全子孫に該当する」とあるそうだ。
フランスのモンテスキュー(1689~1755)は「自由」の権利を主張する一方で、植民地の奴隷制を「世界の所与の一部として」受け入れていた偽善的思想家だという。「啓蒙の世紀」といわれるヨーロッパの18世紀は、同時にヨーロッパ人が経営する黒人奴隷制プランテーションの最盛期でもあった、というわけだ。
ところがルソー(1712~1778)やヴォルテール(1694~1778)になると、トーンが変わる。モンテスキューは批判され、人権思想はその名にふさわしい内実を伴い始める。
このように本書は時代を追いながら、「奴隷」に対する思想家たちの受け止め方の変遷を追っていく。大思想家の言説を、「奴隷」という角度から見直しているので、なかなか新鮮だ。新しい思想や革新的な思想家といえども、時代の制約の中でそれなりの限界を抱えていたことがわかる。
そうした中で、この人はすごい学者だったんだと再認識したのがアダム・スミス(1723~1790)だ。彼はヴォルテールに親近感を持っており、実際に何度か会ってもいた。1759年の『道徳感情論』では、「アフリカの海岸から来た黒人」を、ヨーロッパ人よりも大きな「度量」をもった「英雄」的な民族で、彼らを所有して使役する「貪欲な主人」よりも、「徳性」においてははるかに高貴な存在、と描いているそうだ。さらに76年の「国富論」では、「奴隷制は安くつく」という同時代の経済常識を以下のように真っ向から批判していた。
要約すれば、奴隷には維持管理コストが必要であり、自己管理できる「自由な」労働者よりも「高くつく」。もう一つ、奴隷は「財産を取得できない」ので、「やる気=インセンティブ」や「動機づけ=モチベーション」もない。
逆に言えば、「自由な」労働者の場合は、自分も財産を獲得できるので頑張って働こうとする。結果的に、生産性が上がるということだ。
これに続くのが、ヘーゲル(1770~1831)。『精神現象学』で「主人と奴隷の弁証法」について書いている。奴隷が生産しなければ、主人は食べることができない。つまり、自分は労働しないで奴隷の生産物を享受するだけの主人は、奴隷に「依存=従属」せざるをえない存在だ。奴隷がそのことに気づくと、「主体」としての立場が逆転する。
というわけでヘーゲルは一貫して奴隷制の反対論者。「奴隷が自らを解放する絶対的な権利」を持っているということを擁護した。その意味で、ヘーゲルは「19世紀を代表する自由主義的な思想家の1人」と著者の植村さん。
このように本書は「奴隷」という切り口から、実に分かりやすく思想史を語っていく。では当時の、奴隷ではない「自由」な労働者の実態はどういうものだったのか。ここでマルクス(1818~83)の登場だ。ヘーゲルの「主人と奴隷の弁証法」が、マルクスの場合は資本家と労働者に置き換えられるであろうことが、容易に想像できる。植村さんは専門家なので、いちだんと熱を帯び、さらに「新自由主義」へと論究が進んでいく。
本書はマルクス生誕200年記念の国際シンポジウムがきっかけになっている。そこで植村さんは「隠された奴隷制」とは何か、というテーマで「マルクスにおける資本主義と奴隷制」について話した。その会場に集英社の新書編集長が来ていて、「本にしましょう」ということになったという。
編集者がさまざまな講演会やシンポジウムに丹念に顔を出し、テーマや筆者についてアンテナを張っていることは知っていたが、そうした地道な努力から生まれたようだ。本書は、「社畜」と呼ばれることもある「会社人間」、それ以下の存在に貶められている「派遣」「外国人労働者」・・・など現代の格差社会にも通底するテーマでもある。
世界の富の82%は、世界で最も豊かな上位1%が独占しているといわれている。日本でも「億万長者」がうようよいることが『なぜ日本だけが成長できないのか』(角川新書)で取り上げられていた。日本の男性の3割は、貧困で家庭を持てないという話は『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)に出ている。
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