本書『希望の糸』(講談社)は、家族の形、親子の絆をめぐるサスペンス小説だ。
ミステリーのベストセラー作家・東野圭吾さんの最新作。新聞広告で「しつこいけれど絆の話です 好きなので」と自ら言っているように、このテーマを東野さんは追い続けている。さて、今回はどんな展開を見せてくれるのか。その期待は、裏切られなかった。
あるカフェで見つかった刺殺死体。殺されたのはこのカフェの女性オーナーだった。物語は、この殺人事件を軸に展開していく。そして2つの家族が登場する。
家族A 大震災で子ども2人を亡くした夫婦。 家族B 死期を迎えた父から「実はお前には弟がいる」と告白された女性。
この2つの家族が殺人事件とからみあい、担当刑事は翻弄される。真相に迫るテンポがよい。ページを繰る手がとまらなくなる。
家族Aの父親が、事件のあったカフェの常連客。被害者の女性オーナーと懇意であったとの証言から重要参考人として浮上する。父親とオーナーの関係は? 男女関係のもつれがあったのではないか? ありがちなアプローチで、刑事はこの父親に迫っていく。
ここまでで185ページ。全体のだいたい半分まできたところで、犯人が捕まってしまう。
捕まったと読んで私は、「えっ」と叫んでしまった。あまりにも急な展開だ。まだ半分じゃないか。
しかも、犯人はこれまでの話の流れではまったく予測されない人物。その名前を読んで、もう一度「えっ」と叫んだ。これで話が終わってしまうのか。
殺した時の様子についての犯人の自供内容は、現場の鑑識捜査などと食い違う点はなく、裏付けも十分だ。これで、事件は解決。捜査本部も解散されようとしている。
しかし、物語はここから本筋に入っていく。担当刑事が、犯人の語る動機に首を傾げたからだ。
事件の解決は、犯人を特定し身柄を確保することを意味する。裁判にかけられ、罪に相当する罰を受け、あがなう。その犯罪に至った動機は、罰を決める際(判決)に考慮されるべき事柄(情状)として明らかにされる。例えば、被害者から暴力などのひどい仕打ちをうけ、うらみをつのらせた、など犯人側の事情も、裁判では配慮する。
事件解決の本筋は、犯人を明らかにすることであり、犯人の供述する動機に不自然なところがなければ、「解決」として処理されるだろう。実際、刑事事件の裁判を傍聴すると、被告が犯人であることの立証のために、現場写真、指紋、関係者の供述など膨大な証拠を提出され、その精査に時間をかけるが、なぜ犯罪にいたったかの動機については、淡白な説明しかないと感じることが多い。
ただ、この犯人の語る「動機」にそう簡単に納得しないところから出発するのが、東野ミステリーのだいご味だ。
新刊本の帯に次のメッセージがある。
「刑事というのは、真相を解明すればいいというものではない。取調室ではなく、本人たちによって引き出されるべき真実もある。その見極めに頭を悩ませるのが、いい刑事だ」
担当刑事は、「まだ何かが隠されている」と感じ、自分の足で集めた数々の証言から、真の「動機」にたどりつく。
そのプロセスで、最初に登場した家族A、そして家族Bそれぞれのストーリーがからみあい、結末にむけて、収れんしていく。
読み進めていると、川の流れに身を任せているような感覚になる。最初は、小さなさざなみに翻弄されながら、やがて大きな流れにのっかり、そして、静かな海原でゆったりと漂うという感じ。物語の終末では、いろいろな家族の形、親子の絆があり、それぞれに幸せがあっていいはずだ、という東野さんの想いに触れることができて、ほっとするのである。
本作は、東野が生み出した名刑事・加賀恭一郎シリーズの第11作目。加賀シリーズは、『卒業』(1986年)に始まり、2013年の『祈りの幕が下りる時』が10作目。10作目までは加賀が主人公だった。しかし、本作では加賀の従弟の松宮脩平が謎解きの主人公。本稿で担当刑事と記したのは、松宮のことだ。加賀は、松宮の上司として登場し、勘所でアドバイスをする役回りだ。
松宮は、加賀シリーズ第7作の『赤い指』で初登場。松宮と加賀の間には、それぞれの親子をめぐる葛藤と情愛があり、それが加賀シリーズの背景にもなっている。
2人の物語は『赤い指』、『祈りの幕が下りる時』に詳しい。この2冊を読むと、本作がぐっと深く胸に残る。お勧めだ。
本欄では東野作品として、『魔力の胎動』(株式会社KADOKAWA)、『片想い』(文藝春秋)などを紹介している。
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