大学卒業後10年以上が経ったある夜、哲朗は美月と再会する。それは哲朗の記憶にある美月の姿とずいぶん違っていた。「オレは男だったんだ。ずっと前から」「オレは、この身体を作った神様のしくじりを訂正するんだ」と、美月は自らの性同一性障害を告白する。
そして哲朗の前から消えようとする美月を引き止めると、「人を殺したんだ」と美月は自らの犯した罪を告白する。哲朗と妻・理沙子は、ようやく始まったばかりの美月の人生を中途半端に終わらせてはならないと、彼女をかくまい、事件の真相を明らかにすることを決意する。
性同一性障害という言葉がどれほどポピュラーになろうとも、偏見がなくなったわけではない。そもそも「障害」という言葉を使っていること自体、根本的におかしいのだ。倫理なるものが、本当に人間の正しい道を表しているとはかぎらない。この世のすべての人は、メビウスの帯の上にいる。完全な男はいないし、完全な女もいない。どんなに性同一性障害という言葉だけがクローズアップされても、何も変わらない。受け入れられたいという我々の思いは、たぶんこれからも伝わらない。片想いはこれからも続くだろう――。
本書の至る所に「性」に対する著者の思いが散りばめられているが、約20年前に「性」のテーマでここまで深く掘り下げて描かれていることに驚く。男性、女性、友情、恋愛、家族、どれも一つの型に当てはめることはできず、近年そのあり方は多様化している。不確かな、不安定な部分を抱えながら、己が正しいと信じる道を突き進んでいく登場人物たち。彼らの語る言葉に、気づかされることが多い。一度読み始めると、完全に深みにはまる傑作である。
著者の東野圭吾は、エンジニアとして勤務しながら、1985年『放課後』で江戸川乱歩賞受賞。99年『秘密』で日本推理作家協会賞受賞。2006年『容疑者Xの献身』で直木賞受賞。同書は12年にアメリカのエドガー賞(MWA主催)候補作となった。同年『ナミヤ雑貨店の奇蹟』で中央公論文芸賞、13年『夢幻花』で柴田錬三郎賞、14年『祈りの幕が下りる時』で吉川英治文学賞と受賞を重ねている。
本書は、「週刊文春」(1999年8月~2000年11月)に連載された作品で、単行本(2001年3月刊)を文庫化したもの。今年(2017年)10月、WOWOWの連続ドラマ(全6回)がスタートした。日浦美月役・中谷美紀、西脇哲朗役・桐谷健太、西脇理沙子役・国仲涼子らが出演。東野は「ついにこの小説のドラマ化に挑む人たちが現れたか、と驚きました」とコメントしている。
(BOOKウォッチ編集部 YT)
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