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あの山本晋也監督が実は「東京五輪映画」を撮っていた!

アフター1964東京オリンピック

 2020年の東京五輪まであと500日を切ったが、1964年の東京五輪はどうだったのか、選手らのその後の人生はどう変わったのか。本書『アフター1964東京オリンピック』(サイゾー)は当時の関係者に改めてインタビューしたもの。雑誌「月刊サイゾー」の連載を単行本化している。

 東京五輪の有名人は多数いるが、本書はどちらかというと、あまり知られていない人にスポットを当てている。そのため、かえって新鮮に感じられる。

「3位ですいません」

 本書には12人が登場する。初めて聞く名前に柔道の金義泰さんがいる。中量級で銅メダルを獲得したというが、全く記憶がない。どんな人かと思って読み始めたら、日本代表ではなかった。韓国代表として参加したのだ。

 金さんは神戸市出身。在日韓国人二世。日本名は山本義泰。中学時代から柔道を始め、天理大に進んで磨きがかかった。

 61年から世界選手権などに韓国代表として出場している。予選会で初めて祖国を訪問したときは韓国語が話せなかった。親戚の人に叱られたという。「今度来るときは韓国語を覚えてこい」と。

 64年の東京五輪では優勝候補とも目されていたが、中量級銅メダル。大会後は両親ともども韓国に招かれた。父親は釜山から日本に出てきてから初の帰国だった。金さんが朴正熙大統領に「3位ですいませんでした」と日本語で言ったら、大統領は「2位も3位も紙一重の差だ。気にすることはない。美味いものを腹いっぱい食べて帰りなさい」と日本語で返した。朴大統領は、日本の陸軍士官学校の出身だから日本語はお手の物だった。

 金さんはのちに天理大で指導者になる。76年のモントリオール五輪では韓国の代表監督も務め、銀1、銅2のメダルを獲得した。

映画にクレーム

 もう一人、興味深かったのは山本晋也監督だ。なんと映画「東京オリンピック」に参加していた。当時20代半ば。ピンク映画で知られる山本監督がなぜ「東京オリンピック」に関わっていたのか。

 本書によれば、64年の東京五輪映画は、黒澤明監督が撮る予定だった。しかし、予算の関係で流れて市川崑監督に決まり、実際に仕事に取り掛かったのは開幕半年前。それからの突貫工事になった。脚本は市川監督と妻の和田夏十に若手の谷川俊太郎。音楽を黛敏郎、撮影は名人の宮川一夫など。とにかく人手が足りない。若き日の山本さんも呼び寄せられ、末席のカメラマンとして参加したのだった。砲丸投げの数秒のシーンは山本監督が、カメラマンとして撮影したものだという。

 今ではちょっと信じられないが、当時の山本さんは岩波映画で仕事をしていた。あちこちの会場で競技が行われていたこともあり、東京中から映画のカメラを使える人間が集められたのだという。最終的に製作スタッフは265人に膨れ上がった。

 膨大な長さの撮影フィルムは編集作業でズタズタになり、市川監督の手によって「芸術作品」に仕立て上げられた。ところがこれに対し、記録映画出身のカメラマンたちは「記録性が無視されている」と怒り、「日本人の活躍ぶりが少ない」などのクレームが五輪担当だった河野一郎国務大臣周辺から巻き起こる。元のフィルムから、別途「記録」「日本人」を重視した別作品を作るという話まで持ちあがり、実際に作られたそうだ。

あの映画をやったんだから・・・

 山本さんは振り返る。

 
「記録用のも見たけど、つまらないんだよ。ニュース映画のキャメラマンたちも、それを見てようやく崑さんが正しいとわかった」

 山本監督がピンク映画に転身したのは東京五輪後のことだという。映画「東京オリンピック」に関わっていたとはすごい、あの映画をやったんだからピンク映画ぐらい撮れるだろうといわれ、監督をやるようになったそうだ。五輪映画は、「カントク」の生みの親というわけだ。

 2020年の東京五輪映画はどうなるだろうか。監督はすでに2018年10月、河瀬直美さんに決まっている。『あん』『殯(もがり)の森』などで知られ、国際的な映画祭で多数の受賞歴があるが、個性的な作風の監督だけに、今回も完成後にひともめする可能性もあるかもしれない。

 本書の著者のカルロス矢吹さんは1985年生まれ。直接には東京五輪を知らない世代だ。大学在学中から海外音楽フェスティバルでスタッフとして働き、日本と海外を往復しながら、ライター業やラジオ・TVの構成を開始。コンサート運営、コンピレーション編集、美術展プロデュースなど、アーティストのサポートもしているそうだ。しかも日本ボクシングコミッション試合役員として日本人世界チャンピオンのタイトルマッチなども担当しているという。大変マルチな人のようだ。著書に『アムステルダム 芸術の街を歩く』(大和書房)など、共著に『北朝鮮ポップスの世界』(花伝社)がある。

 本欄では関連で『1964 東京オリンピックを盛り上げた101人~今蘇る、夢にあふれた世紀の祭典とあの時代~』(ユニプラン)、『女性アスリートの教科書』(主婦の友社)、『警備ビジネスで読み解く日本』(光文社新書)、『ブラックボランティア』(角川新書)、『テロvs.日本の警察 標的はどこか? 』(光文社新書)、『近代日本・朝鮮とスポーツ』(塙書房)なども紹介している。

  • 書名 アフター1964東京オリンピック
  • 監修・編集・著者名カルロス矢吹 著
  • 出版社名サイゾー
  • 出版年月日2019年1月 7日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六判・343ページ
  • ISBN9784866251080
 

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