無限に続く自然数をすべて加えると、マイナス12分の1になる。1つ1つの自然数は無論、負ではないし分数でもない。それでも、総和は負の分数になるという。数論の世界では常識らしい。18世紀の数学者オイラーが導いた。
評者にとって、それはショックだった。解説書に当たっても、どこか腑に落ちない。何よりも生の実感が通用しない、と思ったからだ。そんな人に本書『はじめまして数学 リメイク』(東海大学出版部)は、理解のベースを提供する。本書から「-12分の1」理解までの距離はほんのわずかだ。
本書は中学生向けに書かれた数学の基本の解説書だ。600ページと分厚いが、ほぼ半分がイラスト。楽に読み通せる。元々は2001年に3巻に分けて出版され、文庫版を経て、このリメイク版で合本した。出版元によると、合本したのは通読者以外に特定のトピックに興味を持つ読者への対応も理由だ。掻い摘んで読むには都合がよい。リメイク版だけで既に5刷まで伸ばしているロングセラーだ。
著者の吉田さんは、京都大工学部で数理工学を学んだ。工学博士。数学や物理でエポックを画した虚数や量子論について、自らの理解体験を基にした解説で知られている。その独特な説明にファンが多い。
その独特な説明ぶりは本書の中にもあふれている。最も印象的なのは42節だ。自然数から虚数へと数を拡張する。教科書では、2次方程式の解に虚数が含まれるケースを糸口に虚数を取り扱うのが普通だ。フワーリズミ(9世紀、名がアルゴリズム=計算方法の語源になった)が2次方程式の解の公式を導いた歴史からもそれは妥当だろう。
しかし、吉田さんはベクトルの掛け算から虚数を説明する。整数の掛け算にベクトルを利用するのは、この操作を幾何学的に理解するためだ。
「単位ベクトルに-1を掛けることは、方向が180度回転すること。さらにもう1回-1を掛ければ、180度×2=360度の回転となり、元の矢印(ベクトル)に対して何もしないのと同じになる......こうした計算から「(-1)×(-1)=1」という計算の意味が理解できた」。
とした上で、ここではその(-1を掛ける操作の)中間を考えたい――と続ける。
「-1は何からできているのでしょうか?その数を2回掛け合わせると-1になる数は存在するのでしょうか。もし、そんな数が存在するならば、きっと、ベクトルを180度の半分である「90度だけ回転させる」に違いありません。とにかく、それに記号『i』を与えましょう」
と図形と連動させ、実感を伴った形で虚数を導入してしまう。実にあっさりとした手際だ。虚数という何か実体のないものに明確なイメージを与える説明法なのだ。ベクトルにしたことで、三角関数、ベクトル、虚数の連携も見えてくるはずだ。飛び飛びの広大な荒れ地のように見えていた数学に、道が付いたように見えるはずだ。
自然数の総和がマイナス12分の1になることに到達するには、あとわずかだと書いた。それには、総和を関数にして極限をとる必要があるが、その道具として順列組み合わせと微分が要る。虚数に比べれば、複雑ではあってもはるかに真っ当だ。
このほか本書で吉田さんは、手計算や図示とともに「数学を学ぶには国語力が重要だ」と強調する。小中学校で数学と国語の能力が相関する、と教員に聞いたことがある。それは、覚えることではなく、意味をきちっと理解した上で、手計算や図で確認しながら進むことの大切さを言っている。解法の記憶を目的にしたドリルには意味がないということだろう。
本書は、中学生にというよりも、むしろ政治家に勧めたい。政治家の言葉は昨今、ちっとも論理的ではなくなってきている。国語力が衰えている。それは、問題への理解が、さまざまな見方、意見に耳を傾けること抜きではできないからだ。政治家に数学の力は求めないが、数学的なトレーニングは言語力も鍛える。きっとためになるはずだ。
吉田さんの著作には『虚数の情緒』、『はじめまして物理』、『新装版 オイラーの贈物―ー人類の至宝e^iπ=−1を学ぶ』(いずれも東海大学出版部)などがある。
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