本を知る。本で知る。

京都の超有名喫茶店「フランソア」の意外な過去

暗い時代の人々

 著者の森まゆみさんは、「谷根千」、すなわち谷中・根津・千駄木のよさを掘り起こした人として有名だ。東京の古い時代の下町の香りが残る家並みや人情をタウン誌などでPRして町おこしに貢献した。

 同時にエッセイ、評伝などでも多数の著作がある。明治・大正など時代をさかのぼったものが多いと記憶する。本書『暗い時代の人々』(亜紀書房)も同じ系統だが、あえて「暗い時代」をテーマにしている。そこが気になって手に取ってみた。

謎の「ミス・ソシアリスト」

 「満州事変勃発から太平洋戦争終結にいたるまでの、あの『暗い時代』。その時、人々は何を考えていたのか、どこが引き返せない岐路だったのだろうか。この本の中でわたしが書いたのは、最も精神の抑圧された、1930年から45年の『暗い時代』に、『精神の自由』を掲げて戦った人々のことである」

 「まえがき」でそんな趣旨の思いをつづっている。本書には9人が登場する。第1章「斎藤隆夫 リベラルな保守主義者」、第2章「山川菊栄 戦時中、鶉の卵を売って節は売らず」、第3章「山本宣治 人生は短く、科学は長い」、第4章「竹久夢二 アメリカで恐慌を、ベルリンでナチスの台頭を見た」・・・このあたりはよく知られた人物だ。

 続く第5章「九津見房子 戸惑いながら懸命に生きたミス・ソシアリスト」については昭和史に詳しい人でないと知らないだろう。日本最初の社会主義女性団体の中心メンバーとなり、1928年の3.15事件で捕まる。治安維持法の女性逮捕者第一号だったという。拷問も受けて5年余り獄にいた。のちにはゾルゲ事件にも連座し投獄。しかし戦後は転向した夫に付き添い、過去については一切黙したまま80年に89歳で亡くなった。著者は遺族にも会っている。「こわいくらいにまじめでぴしっとしたひとだった」そうだ。

治安維持法で2年間の投獄

 第6章は「斎藤雷太郎と立野正一 『土曜日』の人々と京都の喫茶店フランソア」。この二人を知っている人も少ないのではないか。京都の喫茶店「フランソア」といえば、いまや京都ガイド本には必ず登場する超有名カフェだ。画家であった「フランソア・ミレー」から名前を付けて昭和9(1934)年創業。イタリアバロック様式の内装で豪華客船のホールをイメージしている。いまや国の有形文化財登録を受けているとかで、レトロ・ゴージャス感が漂うカフェだが、そこが戦前の一時期、戦争に抵抗する人々の拠点だったということは初めて知った。

 創業者の立野は美術学校出身。のちに河上肇の書生になり、治安維持法で2年間の投獄経験がある。その後喫茶店を始めた。斎藤は京都を根城にした俳優で中井正一らと反ファシズムの文化新聞「土曜日」を発刊した。最盛期は8000部も出していたという。立野は毎号200部を買い取り、店に置いて斎藤らの活動を支えた。店には、辻潤、太宰治、朝比奈隆、織田作之助なども来ていた。

 戦後の立野は店の片すみに左翼リベラル本を売るミレー書房を設けて、河上肇の『貧乏物語』を復刊したそうだ。名店の意外な昭和史を知った。

「率直に怖い」

 いろいろと珍しい人物が登場するが、いちばん興味深かったのは著者が書いている「まえがき」の一部だ。

 著者が大学生活を送ったのは70年代前半から半ば。そのころも「今の時代は戦前と似ている」という人がいたが、著者は「そういうオオカミ少年的な言辞には動かされなかった」。しかし、「近年、アメリカに追随する政策や再軍備化、憲法改正と集団的自衛権の行使に向けた下準備が次々と推し進められていることに対しては、率直に怖い、という感情を持っている」と危機感を記す。だからこそ、「暗い谷間の時期を時代に流されず、小さな灯火を点(とも)した人々のことを考えていきたい」と本書執筆の動機を語っている。

 大正デモクラシーがあっという間に崩壊した背景には、治安維持法の施行など思想統制の強化があったことはよく知られている。毎年1万人もが捕まっていたのだ。本欄でも、『陸軍・秘密情報機関の男』などで昭和ヒトケタの苛烈な弾圧について紹介した。学徒動員が始まるころは、もはや戦争反対などは口にできなかったということは『特攻――自殺兵器となった学徒兵兄弟の証言』に詳しい。

 戦後になっても、例えばベトナム反戦運動が盛り上がったころは、「抵抗が生きていた」と、フランス文学者の鈴木道彦さんは『私の1968年』で振り返っている。しかし、現在は「一党独裁に近い少数の為政者の言いなり」。このあたりは森さんの危機感と重なる。

  • 書名 暗い時代の人々
  • 監修・編集・著者名森 まゆみ 著
  • 出版社名亜紀書房
  • 出版年月日2017年4月14日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数四六判・296ページ
  • ISBN9784750514994
 

デイリーBOOKウォッチの一覧

一覧をみる

書籍アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

漫画アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!

広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?