北海道・札幌に住む進行性筋ジストロフィー患者の鹿野靖明さんと彼を取り巻くボランティアを描いたノンフィクション『こんな夜更けにバナナかよ』(文春文庫)が映画化され、12月28日(2018年)から公開(松竹配給)されると知り、驚いた。原作は、かなりシリアスな内容を含んでいる。果たして娯楽映画として成立するのかと。
障害者施設を飛び出し、自ら募集したボランティアとともに約20年間にわたる自立生活を送った鹿野さんは、かなり「わがまま」な人だった。真夜中に「バナナ」を食べたいとボランティアを起こす。ボランティアは半分眠りながらバナナを口に運ぶ。ゆっくり食べ終えると「もう一本」と言う。ボランティアの学生はとうとうキレてしまう。この「バナナ事件」が、タイトルのゆえんになっている。
著者の渡辺一史さんは、北海道大学文学部を中退後、フリーライターとなり北海道を拠点に活動している。最初は編集者から取材をすすめられ、未知の分野、深刻なテーマにしり込みする。多くの人が書いた「介助ノート」を読み、なぜ多くの若者たちがボランティアに来るのかという疑問と好奇心から、鹿野さん宅を訪れる。
そこは戦場だった。一日の介助は、昼(午前11時~午後6時)、夜(午後6時~9時)が1人ずつ、「泊まり」(午後9時~翌朝11時)が2人の合計4人による3交代制で行われている。月延べ120人がかかわっている。介助者探しとスケジュール調整が、鹿野さんの「仕事」だった。部活、実習などで若者たちはしばしばキャンセルする。そもそも「ジグソーパズル」のようなスケジュール表。調整がつかない時は、有料の在宅介護支援サービスを自腹で利用することになる。
加えて、人工呼吸器を装着するようになってからは、「痰の吸引」という問題が加わり、初心者への「研修」も鹿野さんの役割になっていた。
なぜ、彼が自立生活にこだわったのか。彼の前史があった。12歳で国立療養所に入り、おびただしい「死」と出会った。規則づくめの生活。思い出したくない記憶があった。その後、養護学校の高等部を卒業、身体障害者職業訓練校で簿記やタイプを1年間学び、札幌近郊の北広島市にある身体障害者授産施設「北海道リハビリー」で働いた。
そこで出会った友人との出会いが彼を変えた。車いすでディスコやジャズ喫茶に出入りする。さらに重度障害者を大規模施設に収容するというコロニー計画に疑問を持った障害者団体の活動に刺激を受け、施設を飛び出した。
本書は多くのボランティアに焦点を当てている。福祉・医療系の学生もいれば、理系の大学院生もいる。少なからず、いろいろな影響を彼らは受けたようだ。著者の渡辺さんも取材を重ねるうちにボランティアの一人として機能するようになる。
あちこち外出を望み、夜も遅くまで寝ない鹿野さんは、本当に「わがまま」なんだろうか? 人として当然のことを望んだだけではないだろうか。彼は一回結婚したことがあり、離婚したということも後に明かされる。
映画のタイトルは『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』で、主演は北海道出身のスター大泉洋だ。大泉のとぼけた表情が、実在の鹿野さんをどこか彷彿とさせる。このほど映画の公開を前にした講演会で、渡辺さんは「障害者の方にとっては、他人の助けを借りながら自由に生きることが自立なんです」と訴えた。
本書の単行本は、2003年に北海道新聞社から刊行され、講談社ノンフィクション賞、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。2013年に文庫化され、このたび第3刷が出た。実は鹿野さんは刊行前の2002年8月11日、42歳で亡くなっている。
著者は本書を書いた後、長いスランプに突入したが、その際、鹿野さん宅で知り合った「鹿ボラ」たちに励まされて書いたという第2作『北の無人駅から』(2011年)でサントリー学芸賞を受賞した。このボランティアたちの濃密な人間関係の基になった主人公、鹿野さんという人の生き方、パワーは今なお多くの人を引き付けるだろう。
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