本書『人殺しの論理』(幻冬舎新書)の著者・小野一光さんは、凶悪殺人犯へのインタビューを重ね、多くの本を出していることで知られる。本書では「近畿連続青酸死事件」の筧千佐子被告、尼崎連続変死事件の角田瑠依被告、北九州監禁連続殺人事件の松永太死刑囚、大牟田四人殺人事件の北村孝紘死刑囚ら5人を取り上げ、彼らの言葉ややりとりを紹介している。
小野さんは、「戦場から風俗まで」をテーマに雑誌メディアで執筆を続けてきた。殺人犯や死刑囚への面会は気が重く、難しいように思えるが、「殺人事件の被告に会うのは比較的容易」と意に介しない。刑の確定前で接見禁止になってない限り、相手が面会を承諾すれば可能だ。もちろん、事件の当事者である犯人の話を聞くことが、事件がなぜ起きたかを知るために欠かせない、というライター魂が基本にある。
運よく会えれば、次も会えるように、相手にとって有益なことを探るという。必要な物品の差し入れや外部との連絡役を引き受けるというメリットを示すわけだ。心がけているのは、決して嘘をつかないこと、安請け合いしないことだ。
小野さんが素描する彼らの貌(かお)を少しだけ紹介すると......。
大牟田四人殺人事件の北村孝紘は、2004年に福岡県大牟田市で、知人母子とその友人の四人を殺害した事件の実行犯だ。父と母、兄も同じ容疑で逮捕され、一家四人全員に死刑が求刑されたことで話題になった。06年に北村から会いたいと連絡があり、かけつけたが、「きさんか? つまらん記事ば書いとうとは。俺が捕まっとう思うて舐めとったら、タダじゃおかんぞ、こんクソが......」と脅しの言葉をぶつけてきたという。冷静に対応し、欲しいものを尋ね、翌日、暴力団関連の記事を掲載する雑誌と冬用の衣料を差し入れた。やりとりを重ねたが、小野さんの筆が鈍ることはなかった。厳しい言葉を書くことを事前に話した上で、『元相撲取りの犯人「死刑判決直後の"厚顔"手紙』というタイトルで週刊誌に記事を書いた。それでも糸が途切れることはなかった。刺青の画集の差し入れ、年賀状などやりとりは続いた。11年10月に死刑が確定し面会が出来なくなる直前に小野さんは最後の面会をした。「もう会えなくなるけど、いろいろありがとう。躰に気をつけて」「一光さん、俺こそこれまで長い間お世話になりました。本当にありがとうございました」と深々と頭を下げ、涙を浮かべたという。初めて凶悪犯に情がわいた瞬間だった。
「近畿連続青酸死事件」の筧千佐子、北九州監禁連続殺人事件の松永太とのやりとりも詳しく書かれているが、どこか突き放したところがある。
松永は「いやーっ、先生。今回は遠くから来ていただき、ありがとうございました。聞いてくださいよ。裁判所はまさに不当な判決を下しているんですよ......」と笑顔を浮かべ饒舌に語ったという。手紙の呼び名も「先生」から「小野さん」、「一光さん」と意図的に距離をつめてきて、小野さんも怖さを感じたが、5通目が届いた09年を最後に手紙は途絶え、面会にも応じなくなった。有効な手立てを取らないので見切られたと小野さんは考えている。
筧千佐子には死刑判決の2日後に彼女の知人の紹介を得て面会した。同じ北九州出身であることを伝え、その後お菓子を差し入れして距離を縮めた。千佐子の母校東筑高校や昭和30年代の北九州市の街並みの写真などを見て、目が潤む千佐子。やがて「人恋しいです。お会いしたいです」という恋文のような手紙が届いた。その後、面会でふと殺人の告白をもらすようになったが、22回目の面会で決裂する。ある知人の証言を伝えると、「私もね、もう死刑になるからね。勝手に言いたいこと言うて、いう感じや」という捨てぜりふを吐いて、それっきりになった。
小野さんが選んだ仕事とは言え、彼らと向かい合うのは大変なストレスと緊張感を伴うことだろう。小野さんのような取材記者の仕事の積み重ねがあって、我々は雑誌で彼らの言い分を知ることができるのだ。
本欄では筧千佐子に長く面会した朝日新聞記者が書いた『筧千佐子 60回の告白』を紹介している。
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