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あの「死刑判決」筧千佐子被告に好かれてしまった朝日新聞記者

筧千佐子 60回の告白

 近畿3府県で起きた連続青酸不審死事件で死刑判決を受けた筧(かけひ)千佐子被告をご存知だろうか。高齢男性4人に対する殺人などの罪に問われた71歳の女性である。2017年11月7日の一審判決を伝える翌日の朝日新聞朝刊社会面は異彩を放っていた。判決の内容を報じる「本記」は他紙と代わり映えしないが、被告の人物像や事件の背景にふれた「雑観」が異様に詳しいのだ。安倍龍太郎の署名が入ったその記事は、記者が相当回数、被告と面会し、やりとりしたことがうかがえるものだった。本書『筧千佐子 60回の告白』(朝日新聞出版)は、安倍記者が公判と接見記録、取材をまじえて、被告がなぜ凶悪な犯行を繰り返したかに迫った出色のルポである。

 「短い時間でOKですので、お会いしたいでーす。元気をもらえるかな」「お顔を見せて下さい。若い男性のお顔をみたら、元気が出ます。待ってまーすV」「いくつになっても女です」。これは求刑前の頃、被告が安倍記者に送ったはがきの文面の一部である。こんな風に「女」アピールするほど、好意をもたれていたのだ。

 安倍記者はこれまでに60回以上も被告に接見している。しかし、最初は拒否された。そこで手紙作戦を使った。年配の女性が好みそうな和紙を使った便箋と封筒を用意、偶然にも野球の甲子園大会の福岡代表が被告の母校、県立東筑高校だったので、その活躍を伝える記事のカラーコピーを同封、記者自身も北九州出身で「北九州弁も話せます」とアピールしたのだ。事件にはいっさい触れなかったという。すぐに面会は実現した。

「毒を混ぜたというのは、このカプセル?」

 接見を重ねて信頼関係を築いた記者は、ある日、犯行に使ったとされる健康食品のカプセルを取り寄せ、面会に臨み、「毒を混ぜたというのは、このカプセル?」と切り出した。 被告は「これで殺したとは言いたくないし、でも使っていないと言えばうそになるね」と答えた。記者は「被告は確かにこのカプセルを使ったのだろう」と感じたという。

 ある時はこんなやりとりも。

 
 「カプセルを渡すとき、千佐子さんも一緒に飲むんでしょう」
 「それ、取り調べでよく聞かれたわ。あのね、大きな袋と小さな袋を用意しておくんよ。大きな袋といっても、そんなに大きくはないけど、その中に毒の入ったものを入れておいて、小さなものを私が飲むの」
 「間違ったら大変だから?」
 「間違ったら私はここにおらんわ」(笑)

 まるで漫才だ。

 この公判では、被告は早い段階で1件について殺人を認めていた。弁護側は認知症などを理由に全面無罪を主張していたが、本書を読むと、接見した記者に被告はかなり詳しく犯行の模様を語っていた。

周囲では12人の男性が死亡

 最初の夫を含めれば、被告の周囲で死亡した男性は少なくとも12人いる。4事件で起訴されたが、捜査段階ではそれ以外の4件についても自供していたという。安倍記者は、「普通の明るいおばちゃん」にしか見えない被告が本当に何人も殺したのか、いつも考え込んだという。

 先物取引などに投資し、大金を溶かしては、次の男性に触手をのばし、遺産などを強引に手に入れては、また溶かして、という無限ループを繰り返していたと記者は事件の構図を見ている。

 直木賞作家、黒川博行さんの小説『後妻業』とこれを映画化した『後妻業の女』を地で行ったような事件だが、安倍記者が黒川さんに取材したところ、この手の人物は「うじゃうじゃいる」と感じたという。

 本件は大阪高裁で審理中。安倍記者が書籍化を被告に伝えると、「私がもらってもうれしい本ではないだろうけど」と苦笑いしながら「いいよ。先生に書いてもらえるんだったら」と語ったという。ちなみに、筧被告は誰もを「先生」と呼ぶそうだ。  

  • 書名 筧千佐子 60回の告白
  • サブタイトルルポ・連続青酸不審死事件
  • 監修・編集・著者名安倍龍太郎 著
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2018年7月30日
  • 定価本体1400円+税
  • 判型・ページ数四六判・253ページ
  • ISBN9784022515520

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