ミステリー好きの知人から「1日で読めた。読みだしたら止まらなかった」と聞いた。そして読み始めたら、確かに一気読みしてしまった。
本作『スマホを落としただけなのに』(宝島社文庫)は、第15回『このミステリーがすごい!』大賞(2016年10月)最終選考作品「パスワード」を改題し、加筆修正したものだ。昨年4月に文庫が刊行され売れ続けている。つい先日(2018年11月2日)、同名の映画(監督・中田秀夫)上映も果たした人気作品だ。
タイトルの通り「スマホを落とした」ことから、とんでもない事態に追い込まれるサイコ・スリラー。ある男がスマホをひろう。その待ち受け画面には、長い黒髪が美しい女性、稲葉麻美(映画では北川景子)が映し出される。落とし主は、麻美のボーイフレンドの富田誠。男は、スマホ待ち受け画面に映った麻美に興味をもち、物語が始まる。
「スマホを落としただけなのに」というタイトルよりも、原題「パスワード」の方が、この作品のすごさをよくあらわしている。男はひろったスマホから、麻美と富田の個人情報を取得、スマホだけではなくパソコンも介して二人の世界にひたひたと侵入していく。男はなんと、連続猟奇殺人事件の犯人。麻美をターゲットにしたのだった。
セキリュティ保護のかなめがパスワードだが、本作ではパスワード破りの手口が次々と描かれる。例えば、ひろったスマホに侵入していく場面。四桁パスコードに、よく使われるとされている定番の番号を入れてみる→失敗→次は、本人の誕生日、あるいは家族や恋人の誕生日。誕生日はフェースブックなどのソーシャルネットワークサービス(SNS)に公開された情報を調べ上げる。成功。四桁の場合はわりと単純だ。
しかし、長いパスワードはどうするのか。こちらは「辞書攻撃」という手法も駆使される。名前、誕生日、ペットの名前などの情報を使い、アルファベットと数字をいろいろと組み合わせる。自宅住所も探り出す手法があるが、これには、「なんと簡単な」と驚いた。
いまやスマホはさまざまな機能を備えている。電話帳、住所録、スケジュール手帳、写真アルバムなど。仕事でも私生活でも欠かせなくなっている。パスワードがやぶられるということは、自分自身がまるごと、スマホのひろった人物の手中にわたることになる。その人物が悪意の人であったら、こんな恐ろしいことはない。読み進むにつれて、その恐怖におそわれ、目が離せなくなる。
作品では、ランサムウエア(身代金ウイルス)も重要な役回りを果たす。パソコンをロックするなどして、解除のために金銭を要求する手口。メディアでもその被害は報じられており、ウイルス感染防止策として、怪しい添付ファイルは開封しないなどがよく語られるが、そんなにあまくはない。攻撃側はなんと巧妙にしかけてくることか。「ねらわれたらおしまい」という無力感に襲われるが、自分を守るためには、神経をとがらせなければいけないことを思い知らされる。
スマホ情報が流出する事件としては、タレントのベッキーさんの不倫騒動の際、通信アプリLINEのやり取りが週刊誌をにぎわしたのが思い出される。この騒動は2016年はじめ、本作品が「このミス」大賞に応募する直前だ。ベッキーさんがスマホを落としたわけではないだろうが、この騒動が、本作品にリアリティーをもたらしているといえるだろう。
映画では、小説にはない登場人物がキーパーソンの一人になる。スマホをひろった男の心の闇が、この人物を通して描かれるところは、小説にはない魅力のひとつだろう。
あとがきによると、作者の志駕さんは50歳代の男性で、某放送局幹部という経歴の持ち主。エンターテインメント分野の要職にあったキャリアからか、ストーリー展開は読者を十分に楽しませてくれる。
志駕さんは映画の公式サイトで次のように語っている。
「私自身酔っぱらってスマホを落とし、誰にも連絡が取れずに四苦八苦した経験から生まれたサイバーミステリーです。運よく出版化にこぎつけたと思ったら、わずか1年半で映画化となり(中略)夢のような展開にただただ驚いています」
このコメントを読むと、志駕さんはいま幸せの頂点にいる様子だ。出版化、映画化ととんとん拍子で夢が実現していく。そのきっかけも、スマホを落としたことだった、というのである。 なんともうらやましい限りだ。スマホを落としただけなのに......。
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