聞いたことがない名前の島だ。「事件」というが、何があったのか。「虐殺」というのは穏やかではない。「沖縄移民」とどんな関係があるのか。というわけで本書『三竈島事件―― 日中戦争下の虐殺と沖縄移民』(現代書館)を手に取ってみた。知らなかったことだらけで、なかなか勉強になった。
この島や事件に詳しい人は極めて少ないのではないだろうか。類書も見当たらないようだ。まず、名前。「さんそうとう」と読む。中国・広東省珠海市に属している。面積は約80平方キロ。小豆島と同じくらい。小さな島を挟んで向かい側に国際都市マカオがあり、現在は橋でつながっている。香港とも近い。1995年には空港が開港、国際航空ショーも開催されている。
実はこの空港の場所は、かつて日本海軍の航空基地だった。そこで、ようやく日本とつながる。なぜこんなところに航空基地をつくっていたのか。歴史をさかのぼると――。
1937年7月、盧溝橋事件で日中戦争が本格化する。8月北京占領、12月南京占領。華南各地にも空爆した。当初、航空機は主に九州や台湾の基地から出撃していた。東シナ海を渡って戻ってこなければならない。同じ華南のテリトリー内に空港があれば、直接攻撃ができる。というわけで37年12月に三竈島を占領、ひそかに空軍基地づくりが始まる。
日本軍が島に侵攻した時、約1万2000人の住民がいた。大混乱になり、翌年にかけて多数がマカオなどに脱出する。抵抗運動も起きた。中国側と内通している、ゲリラとつながっているなどの理由で斬殺された島民も多かった。「まったく無抵抗の非武装の民衆を至るところで惨殺」「近隣住民を集めて機関銃を掃射」などの証言も残る。中国側の資料では18年4月だけで1400人、終戦までに2891人が殺害された。強姦も目立った。
実際はどうだったのか。島に2回立ち寄った第二遣支艦隊参謀の大井篤・元海軍大佐は日記に記している。
「島の占領史にはきわめて重大な汚点がある。侵入してきた部隊が非常に多くの住民を虐殺してしまったのである。その理由は、かれらのなかに、日本の将校を殺した中国人部隊といっしょになって陰謀を企てたものがいると思われたためだ・・・虐殺のニュースは広がらないようにしてあるのかもしれないが、いずれにしろこの事件は日本と中国の友好関係だけでなく、偉大な名誉ある強国として大日本帝国が発展するにあたって、深刻な障害になるだろう」
ポルトガルの駐広州総領事は、マカオなどに避難してきた島民から話を聞いて、「(日本軍が)女性や子どもにたいして行ったことは南京事件の繰り返し」と本国に報告している。
こうして住民が消えた島に、移住することになったのが沖縄の人たちだ。戦前の沖縄では生活難から海外に移住する人が絶えなかった。満州への移民も奨励されたが、風土の違いもあって進まない。そこで気候が似ている三竈島が新たな候補地になった。4回にわたって574人が移住したという。
当然ながら住民には、日本軍侵攻時のことが知らされていない。実際に現地についてみると、草むらの中に首を斬られたと思われる中国人の頭蓋骨が山積みされていた。田んぼの中で見つかった頭蓋骨を掘り返すと、数十個も出て来ることがあった。
先住の現地民の土地を取り上げ、「開墾」する。このパターンは満蒙開拓団とも似ている。ゼロからのスタートではないのだ。その実態は『移民たちの「満州」』(平凡社)などに詳しい。移住した沖縄の人たちはやがて敗戦に直面する。今度は立場が逆転した。満蒙開拓団と同じだ。石を投げられながら広州にたどり着き、日本に戻る。
そして島に、脱出していた元々の島民が戻ってくる。ようやく一段落かと思いきや、悲劇はさらに続く。最初にやってきたのは国民党軍。同胞だが、統制が乱れ略奪や強姦があった。やがて国共内戦が激しくなり、49年11月には共産軍が上陸する。そこで今度は新たな虐殺が始まった。国民党軍の協力者と思われた島民らが次々と粛清、処刑されたのだ。わずか10年余りの間に、島は日本軍、国民党軍、共産軍と立場の異なる支配者に翻弄された。それぞれにとって「黒歴史」ということもあり、長年、表面化しなかったのだろう。
本書は蒲豊彦、浦島悦子、和仁廉夫の3氏の共著。蒲さんは大学教員で近現代中国農村史専攻。浦島さんは沖縄在住のライターで名護市史編さんに携わる。和仁さんはジャーナリスト。香港やアジアに関連した著作が多い。
20年ほど前から調査を続けてきたという。当時を知る関係者多数にもインタビューしている。やっとのことで帰国し、沖縄に戻った移住者の中には、沖縄に残していた家族8人がチビチリガマ(鍾乳洞)で自決していた人もいた。その後、三竈島は平和をとりもどしたが、沖縄はどうか。今も戦争の後遺症を引きずり、基地問題で揺れている、と本書は指摘している。戦争で甚大な被害を受けた「二つの島」を主役にした息の長い調査による労作だ。
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