世界では肥満者の数が増加していて、研究者らは「肥満のパンデミック」と呼んでいるという。パンデミックは、感染症が世界的に流行する場合に使う言葉。そのものが病気ではない肥満と合わせて使われたのは、健康を損なうレベルの肥満が世界中の人々に蔓延しつつあることを表す。
本書『一度太るとなぜ痩せにくい?』(光文社)は、基礎生物学研究者の著者が、肥満のメカニズムなどについて説明したもの。それによれば、現代に肥満が蔓延しているのは、おいしい食べ物が増えすぎて、満腹になってもなお食べてしまうかららしい。対策はやはり、ガマンするか、余計なものを運動などで消費するしかない。
食事でお腹いっぱいになり、もう食べられそうにないと感じても、おいしそうなスイーツなどがデザートとして目の前にだされると、なぜか新たに食欲がわいて「別腹」に収まってしまうことがある。それは、スイーツを食べて幸せを感じたいためで、エネルギーが足りていてもなお食べたいという欲求が生み出されるからという。
本書によると、人間には精神的な刺激によって食欲を生み出す仕組みが強く働いているという。この仕組みは成長とともに発達すると考えられており、4歳ごろからその仕組みの影響を受けるようになる。
著者の新谷隆史さんは、基礎生物学研究所(基生研)統合神経生物学研究部門の准教授。「食欲の制御機構と肥満にともなって生じる病態の分子機構を明らかにする研究」を行っている。本書が初の単著。基生研は愛知県岡崎市にある国立の大学共同利用機関。大隅良典名誉教授が「オートファジーの仕組みの解明」で2016年のノーベル生理学・医学賞を受賞したことなどで知られる。
著者ら専門家らの用語では、精神的な刺激によって生じる食欲は「快楽性の食欲」。食欲にはほかに、体内のエネルギー量の減少によって生じる「恒常性の食欲」があり、恒常性とは「体内の環境が一定に保たれている状態」をいう。
現代の飲食をめぐる環境は非常に豊かで、都会ではとくに、飲食店がひしめき、コンビニがあちらこちらにある。コンビニがない住宅街でもちょっとさがせば飲料製品の自動販売機が設置されている。こうした環境で生活が便利になった一方、いつ「快楽性の食欲」が暴走して肥満につながってもおかしくない時代になっている。
「通常は、快楽性の食欲によって食べ過ぎてしまっても、恒常性の食欲がカバーすることで体重を一定に保つことができる。しかし、美味しい食べ物があふれている現代社会では快楽性の食欲がとても強く働いており、恒常性の食欲でカバーしきれないほどに人々は食べて過ぎてしまう」
トクホ(特定保健用食品)の飲料製品のCMで「おいしいものは、脂肪と糖でできている」というコピーがあったが、肥満で問題になるのは脂肪と糖の摂り過ぎだ。
甘味料といえば長らくは砂糖だったが、現在では「異性化糖」と呼ばれる甘味料が砂糖に次いで広く使用されている。異性化糖は、デンプンを分解してできたブドウ糖の半分程度を果糖に変化(異性化)させたもの。加工食品の原材料を示すラベルに「果糖ブドウ糖液糖(果糖の含有率が50%以上のもの)」「ブドウ糖果糖液糖(果糖の含有率が50%未満のもの)」と表示されたものという。果糖は、その糖化作用がブドウ糖の約10倍と強力で、大量に摂取すると小腸と肝臓での処理が追いつかず、残った果糖で糖化反応が進行する危険性があるという。
世界保健機関(WHO)の「糖類の摂取のガイドライン」(2015年発表)によると、肥満やむし歯予防のために砂糖などの摂取量は総摂取カロリーの5%までが望ましいとされ、これはだいたい砂糖25グラムほどに相当する。ところが、農林水産省の資料によると、日本人は1日に平均42.5グラムの砂糖と17.7グラムの異性化糖を消費しており、WHOの推奨量を大幅に上回る糖類を毎日摂取している。しかもこの摂取量はこの50年以上の間あまり変わっておらず、いわば糖類摂取過多が50年以上続いていることになる。
「おいしいもの」のもう一つ「脂肪」の摂取も現代は多めになっている。農水省の資料によれば、肉類(牛、豚、鶏)の消費量は年々増加している一方、魚介類は逆に減少。野菜類も減っており厚生労働省が設定した摂取の目標値を下回る。著者は「食の欧米化」による脂肪の摂り過ぎが、日本人の健康にも影響を及ぼしていることを指摘。その例として、歴史的なことから食の欧米化が加速した沖縄を挙げる。同県はかつて「長寿日本一」を誇ったものだが、このところは平均寿命の全国番付で順位が急落。医療関係者の間で「沖縄クライシス」と呼ばれているという。
「糖分」をめぐっては昨今、若い女性らの間でダイエットのための「糖質制限」がブームになっている。このなかで、砂糖などとともに米飯が目の敵にされ、コメの消費が落ち込んでいることに著者は懸念を示す。本書では「米は危険な食品か?」というセクションを設けて、コメや炭水化物と肥満との関係を論じているが、著者は、論文について報道がミスリードしたことを指摘する。
この糖質制限のように、肥満予防、ダイエットというと、摂取を控えることが主になりがちだが、著者は「近年の肥満者の増加の原因は、摂取エネルギーが増えていることではないと考えられる」という。摂取エネルギーの変化をみると、2001年に1日当たり平均2630キロカロリーだったものが、16年には2429キロカロリーと7%減少している。
「体重の増減は摂取エネルギーと消費エネルギーの収支で決まるので、肥満者の増加の原因は、摂取エネルギーの増加ではなく、消費エネルギーが著しく減少していることにある」というわけだ。現場労働や家事の自動化、ネットなどを利用した在宅での商品購入など、利便性の向上で生じた身体活動量の減少の副作用で肥満化が進んだともいえる。
快楽性の食欲で摂り過ぎたエネルギー消費のためには、少々苦しい運動も仕方がないか。
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