『源氏物語』を「反体制文学」として読んでみる、という挑戦的なタイトルの著者は、1977年に『僕って何』で芥川賞を受賞した作家の三田誠広さん。学園闘争華やかなりし頃の、反体制をきどる学生の軟弱な生態を描き話題となった。その後、早稲田大学文学部客員教授を経て、武蔵野大学教授、日本文藝家協会副理事長をつとめる。そんな三田さんが「反体制」というキーワードで、日本を代表する世界文学の傑作とまで言われる『源氏物語』を分析したというので、がぜん興味がわいたのだ。
物語の主人公は天皇の皇子で、臣籍降下して「源」という氏姓になった人物。藤原摂関家の全盛時代に、「源」を名乗る元皇族が大権力者となる物語は、一種の反体制文学ではないか、と三田さんは指摘する。
与謝野晶子、谷崎潤一郎、円地文子、田辺聖子、瀬戸内寂聴、橋本治と多くの作家が『源氏物語』の現代語訳を手がけている。最近では角田光代の訳が刊行中だ。
本書では天皇家と藤原家の姻戚関係図を5枚も掲載し、その関係を縷々解説している。三田さんは『源氏物語』が書かれたのは、藤原道長の父兼家が摂政となり、絶対的な権勢を確立した時代で、本書で「体制」というのは、兼家が確立した摂関政治の黄金期を指すという。
かねて、藤原道長が「源氏」のモデルではという説もあり、著者は道長の経歴や人物像にも多くのページを割いている。「摂関家では冷遇されていて、源氏の左大臣のもとに入り婿となった、いわば抵抗勢力の側の人間だった」と位置づける。「謙虚に見えてしたたかや野心を秘めている。繊細なところと鈍感さが共存している。姉や正室の倫子を恐れているようで、不思議なほどの度量の大きさを感じさせる。そういう複雑な魅力を秘めた人物」と好意的にみている。
一条天皇のもとに道長の長女彰子がとつぎ、長男の後一条天皇を産む。一条天皇への手土産に選ばれたのが『源氏物語』シリーズの新作だった。物語自体の舞台設定はこの時代より100年ほど前の話だから、天皇も距離を置いて楽しめる。『源氏物語』の続編は、「娘のもとに天皇や皇太子を誘い込む、最大の武器」と書いている。また2人の関係についても「道長と紫式部はステディーな関係にあったと見ることができる」と。しかし、ただの愛妾ではなく「プライドが高く、気難しい女だった」ので、「権力者といえども、偉大な作家のご機嫌をとるというのは、至難のわざだった」
天皇とのパイプ作りとして利用された『源氏物語』だが、やがて道長が外戚となり権力者となってからは、その横暴、専横に不満が高まり、源氏の英雄が活躍する一昔前のストーリーが下級貴族の支持を得て広まった、と三田さんは解釈する。かつて「反体制」だった人間が権力を握り「体制派」になると......という構図はいつの世でもどこの世界でもあるようだ。
『源氏物語』については多くの研究書、解説書が出ているが、物語の成立に深くかかわる紫式部と藤原道長にスポットを当てた新書として手軽に読める。
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