こんな作品も描いていたのか。『漫画が語る戦争 戦場の挽歌』 (小学館クリエイティブ)に収録されている白土三平さんの『泣き原』を読んで意外感をもった。
白土さんといえば忍者もの。舞台は戦国や江戸時代。ところがこの作品は現代もの。戦争をテーマにしているが、劇画というよりもどちらかといえばシリアスなドラマだ。
主人公は40代と思われる女性・磯村春だ。夫の五郎は戦争で南方に行ったまま消息不明。終戦から20年間、近所の海に面した丘に出かけては水平線の彼方をぼんやり見つめるのが日課になっていた。苦労して女手一つで育てた一人娘・道子が結婚することになる。気持ちの整理をつけるため、夫が戦死したと思われる土地を訪ねる墓参団に参加することにした。ソロモン諸島のとある島に行く。そこでなぜか、春は聴き覚えのある懐かしい草笛の音色を耳にした...。
ざっくり言えば、そういうあらすじだ。『忍者武芸帳』や、『カムイ伝』『サスケ』など、白土ファンおなじみの物語とはかなり興趣が異なる。こんな作品も描いていたのか、と不思議に思う人がほとんどだろう。1982年ごろの作品のようだ。
結論から言えば、五郎は生きていた。現地にとどまり、すっかり現地の人になっていた。草笛は、その五郎の奏でる音だった。近寄ろうとする春に、五郎は背を向ける。なぜか。終戦直後、現地で戦友を切り殺していたのだ。「戦争はもう終わった、降伏しかない」という戦友と言い合いになり、「日本が負けるはずはない」と主張して。だから日本に帰るに帰れない人間になっていたのだ。
戦後の日本を舞台にしながら、戦争に引き戻す。しばしばある手法だ。深作欣二監督の名作「軍旗はためく下に」(1972年)も似た構造だった。こちらも主人公は女性だ。夫を南方戦線で失った。単なる戦死ではない。厚生省の戦没者名簿には「敵前逃亡」で処刑されたと記載されていた。
遺族年金を申請しても、「敵前逃亡」には出ないとハネられる。戦後20年以上、むなしい訴えを続けていた主人公は、真相を知りたいと戦友を訪ね歩く。それぞれの証言が違う。本当のことをしゃべっているのはだれなのか。
結城昌治の直木賞受賞作をもとに、深作監督が私費をつぎ込んで映画化したといわれる。脚本には新藤兼人さんが参加しており、ミステリーとしてもよくできている。「異色の深作作品」として知られる。
白土さんの『泣き原』も、短編にもかかわらず、ミステリーの要素を織り込み、映画化にも十分耐えられるストーリ―展開となっている。白土さんの作品の中では、こちらも「異色」の位置づけとなっているようだ。
漫画と戦争については、BOOKウォッチではすでに『漫画が語る戦争 焦土の鎮魂歌』を紹介している。本書はその姉妹編となっている。
白土作品のほか、水木しげる『敗走記』、楳図かずお『死者の行進』、滝田ゆう『真空地帯』(野間宏原作)、古谷三敏『噺家戦記 柳亭円治』、新谷かおる『イカロスの飛ぶ日』、比嘉慂『砂の剣』、立原あゆみ『手紙・敬礼』(『銀翼』より)、湊谷夢吉『「マルクウ」兵器始末』、かわぐちかいじ『一人だけの聖戦』(『テロルの系譜』より)、倉田よしみ『若竹煮』(味いちもんめ』より)が収録されている。
収録作家の中で、実際に軍隊経験があるのは、水木さんだけ。自らの体験をもとにした長編『総員玉砕せよ!!』はあまりにも有名だ。1932年生まれの白土さんは、兵隊の経験はないが、「戦争」の影響をもろに受けて育った。父親がプロレタリア画家として活動し、特高に睨まれ、拷問を受けるなどして流浪と貧困を強いられて、白土さんら家族も苦労したからだ。日本人が等しく戦争に突き進んでいた時代に、ちょっと異質な少年時代を送っている。白土さんの作品には、そうした幼少年時代の体験が投影していると、しばしば指摘されるが、『泣き原』にも垣間見える。
本書のほかにも、戦争をテーマにした漫画のアンソロジーでは金の星社の『漫画家たちの戦争』シリーズがある。多数の漫画家の作品が収録されている。『漫画が語る戦争』とダブっている作品もあるが、全体として小学校高学年から読める平易な内容となっている。
BOOKウォッチでは漫画だけでなく、『反戦歌――戦争に立ち向かった歌たち』や『反戦映画からの声――あの時代に戻らないために』も紹介している。これらもあわせて参照すれば、「戦争」について、多数の人が、それぞれ執念を燃やしてアプローチし、記録に残そうとしていることがよくわかる。
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