夏になると怖い話、スリラーが人気になる。いろいろある中でも、フィクションや悪ふざけではなく、リアルに恐ろしいのが戦争だ。
本書『漫画が語る戦争 焦土の鎮魂歌』(小学館クリエイティブ)は、題名にもあるようにズバリ、戦争をテーマにした漫画集。9人の漫画家の小編を集めたアンソロジーだ。戦闘そのものではなく、戦争にまつわる人々の体験を素材に漫画として描いている。さて、どれほど怖いか。
トップに登場するのは手塚治虫の『カノン』。中年男が30年ぶりのクラス会の通知をもらって、母校を訪れるという物語だ。故郷の山間の小学校はすっかりさびれている。懐かしい教室に入ると、もうみんなが来ていた。なぜか、米軍機の機銃掃射で犠牲になったはずの同級生たちがそろっている...。みんな子どものときのまま。大人になっていない...。もちろんこれは主人公が見た夢なのだが、うーん、そういうことあるかもしれないと思わせて、ちょっと怖い。
北海道出身の漫画家、曽根富美子(1958~)の『ヒロシマのおばちゃん』はもっと怖い。結核患者の若い女性が主人公だ。広島で療養生活をしていた時に原爆が落ちる。病院から外に出ると、建物は崩れ、焼け野原。死の街に一変していた。被爆者たちの変わり果てた姿と呻き声。この世のものとは思えない惨状だ。ふらつきながら主人公が自問する。
「あたし本当はもう死んでいるんじゃないだろうか」
「死んじゃってあの世に来たんじゃないだろうか」
次から次へと目を覆うような場面が出てくる。これが完全なフィクションではなく、現実に起きたことだというところが何よりも怖い。幽冥境をさまよう被災者たちの、生気を失ったうつろな目つき。半分ほど抜け落ちた髪の毛などが、弱々しい細い線の描写で巧みに再現されている。いつのまにか、読み手も画面に吸い込まれそうだ。そして、被爆者となってヒロシマの町を彷徨しているかのような錯覚さえ覚える。
作者は『親なるもの 断崖』のヒットで知られる。不幸な身の上の姉妹が遊郭に売られ、逆境の中で必死に生きる大作だ。数年前にリバイバルされ話題になった。
山上たつひこの『回転』は、ちょっと設定が異なる。戦争末期、学徒出陣で恋人を失った女子学生が主人公だ。戦後もひっそりと、人目を避けるように暮らしている。あるとき、駅で列車事故があった。死んだのは兵器を製造している会社の社長だ。自殺する理由はない。突き落とされた疑いがある。聞き込みから、1人の女性が容疑者として浮かび上がる。くだんの女性だ。その動機とは・・・これがまた怖い。戦争がつくった怨念だった。
「あの男の手でつくりだされたものによって無数の人間の命が失われている...」。これがその女性のつぶやきだ。戦争で儲けて、新たなる不幸をつくりだす「死の商人」への憎しみ。著者は多くを語らないが、戦後の日本から取り残された「戦争未亡人」の怒りがうかがえる。
このほか、中沢啓治『黒い鳩の群れに』、ちばてつや『家路』なども収録されている。
本書には姉妹編として『漫画が語る戦争 戦場の挽歌』も刊行済み。こちらは戦場や軍隊を舞台とした作品を集めている。水木しげる『敗走記』、楳図かずお『死者の行進』、滝田ゆう『真空地帯』、古谷三敏『噺家戦記 柳亭円治』、かわぐちかいじ『一人だけの聖戦』(『テロルの系譜』より)、白土三平『泣き原』などだ。
本欄では先日『マンガの「超」リアリズム』(花伝社)を紹介した。著者の紙屋高雪さんは、反戦漫画でも「気持ち悪い」「グロイ」ということがないと、作品はリアルを獲得できないという趣旨のことを書いていた。たしかに、水木しげるの長編大作『総員玉砕せよ!!』なども思わず目をそむけたくなるようなリアルなシーンが頻出する。楳図かずおや白土三平なら、まちがいなく相当にグロくて怖いだろう。姉妹編『戦場の挽歌』もぜひ読んでみたい。
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