平成時代の終わりが近づくなかで、さらに遠くなるからというわけか、昭和を懐かしむトレンドが一層強まっている。本書『昭和の店に惹かれる理由』(ミシマ社)によれば、昭和ブームがトレンドになっているのは、昭和を懐かしみ和みを求める世代が盛り上がっているからばかりではなく、デジタルネイティブ世代が、いわばアナログ的なものに刺激を求めているかららしい。
本書では、東京都内などで昭和から続く飲食店10店を紹介したもの。単なるグルメガイドなどではなく、客の世代によって、和みにも刺激にもなる各店独特の「何か」を探っている。
著者は主に「食」関連のテーマをてがけるライターで、生産者や料理人、飲食店についての取材記事を雑誌や新聞などに寄せている。あとがきによれば、本書のための「昭和の仕事を知りたくて出た旅」は都内20か所以上に及んだようで、収められたのは「とくに強く心動かされた」10店。「尊敬すると言い換えてもいい」ほど感銘を受けた店だ。
「とんかつ とんき」(東京都目黒区下目黒)は、からりと揚がった衣で知られる。早い段階から、ご飯とキャベツのおかわり自由を採用。後に多くの店が衣を重ねる調理法や、カウンター席が厨房を囲む舞台のような店の造り、キャベツやご飯のおかわりサービスなどを真似するようになったという。とんかつそのものの味わいやサービスが行き届いているほかに、著者の心を最も動かしたことの一つは、長年使われた後の今も真っ白に維持されているヒノキのカウンターだ。毎日30分かけ、昔からそれと決めた同じ石けんを使い、たわしで木目に沿ってしっかり磨いているという。
「殺菌や消毒は、時に生物が生きるために必要なものをデジタルに奪ってしまうけれど、拭く・磨くには生かすための力が宿るような気がしてならない」と著者。カウンターの美しさはまた、気遣いのたまものでもあるという。たとえば、客が置く椀の蓋。近年増えた外国人客に限らず、日本人でも椀の蓋は裏返して置くという作法を知らないケースが目立つ。椀を伏せて置くと縁についていた油をヒノキが吸い染みになるので、それを見た店員は静かに蓋を下げる。だが客にはお願いや注意などはしない。とんきの客あしらいは、こうした一時が万事である。
老舗居酒屋「シンスケ」(東京都文京区湯島)は、ウェブやグルメ関連のムックなどでしばしば、落着いた店の様子が紹介されているが、本書では、同店が「距離」に配慮しているからではないかとみる。
酒場のカウンターでは、その場で漂う空気を他人同士が共有して飲んでいるものだが、それぞれにいろんな事情や思いがある。現在3代目と4代目で切り盛りする「シンスケ」には初代から伝わる言葉として、飲む人それぞれに「肩幅の世界」があり、店の人間の役割は肩幅を守ること―というのがあるという。
「一人でふうっと息をついている時に、知らない人が話しかけてきたとします。楽しく呑める分にはよし。でも、"対応"になってしまうと、その人の肩幅に侵入しているということで、その時は僕らが交通整理します」と4代目。
「シンスケ」ではまた、店の造りや酒樽の配置をも配慮したインテリア、器、料理にいたるまで規則性を重んじ、客の居心地の良さを誘う。かといって「水清ければ魚棲まず」のたとえもある。潔癖すぎても客に緊張感を強いることになるので、無作為な振る舞いを心がけるようにしているという。
本書で紹介されている10店は、「古き良き時代」である昭和をノスタルジー的に象徴するのではなく、きちんと客をもてなすことで、顧客らが惹かれ続けている。セントラルキッチンによるメニューや、マニュアルに応じた接客で迎えるチェーン店とは別次元の味わいと居心地を楽しめ、昭和ノスタルジー世代より若い世代のなかにも、これらの昭和の店に通う人がいるという。
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