自転車ロードレースの最高峰、「ツール・ド・フランス」が、今年(2018年)も7月7日から29日までの日程で開かれている。評者はこの自転車レースを見るためにCS放送を契約し、毎年7月の到来を楽しみにしている。風光明媚なフランスの景勝地や農村地帯、歴史ある街並みを平均時速50キロものスピードで大集団が駆け抜ける迫力は、なかなかのものだ。さらに逃げ集団と本命のエースを温存した集団とのかけひきもスリリングだ。
本書『逃げ』(小学館文庫)は、2014年6月、岩手県八幡平で開かれた全日本選手権ロードレースを詳細に追ったノンフィクションだ。1周15.8キロのコースを16周回する、総距離252.8キロと国内の通常レースの倍近い距離を走るレース。前年の優勝者はヨーロッパのレースを走ってきた新城幸也で、新城は7月の「ツール・ド・フランス」にも出場し、日本での自転車ロードレースへの理解と人気を高めた立役者となった。
その13年の全日本選手権で最初にリタイアしたのが佐野淳哉だった。レース後の診察で「うつ病」と診断され、長く休養した。14年は栃木県の実質的なアマチュアチーム「那須ブラーゼン」に移籍し、ふたたび走り始めた。
著者の佐藤喬さんは、フリーランスの編集者・ライター。全日本選手権といいながら、関係者のほかには、あまり観客がいなかったほど日本では不人気な競技に関心をもち、同選手権に出場した選手に対面での取材を申し込み、協力してくれた選手の証言をまとめたものだ。
16周回するレースを1周ごとに詳細に再現し、逃げ集団と本命集団のそれぞれの選手の心理と体調を描き込んでいる。断っておくが、これは小説ではなくノンフィクションだ。断定口調の文体に読んでいて、「どうしてそんな風に考えたのか分かったのか」と違和感を覚えた箇所も少なくなかった。特に「逃げ」の選手がエースをアシストするために本来の役割を果たすのか、自分もこのまま逃げて勝ちたいという個人の欲望に走るのか、二者択一を迫られる最終局面。逃げ集団、最後の3人となった佐野、井上和郎、山本元喜が繰り広げるかけひきは、手に汗をかきながら読んだ。断定できたのは、著者の取材力と構成力の勝利ということだろう。
「ツール・ド・フランス」では、毎日こうしたかけひきが展開する。しかも美しい自然の風景と「落車」という選手生命を賭けた危険とが背中を合わせながら。
本書は、間違いなく日本の自転車ロードレースの発展の礎となるだろう。選手が何を考えながら走っているのか、これほど分かりやすく書いた本はなかったのだから。
本書は2015年に刊行された『エスケープ 2014年全日本選手権ロードレース』(辰巳出版)を改題、加筆して文庫化したもの。
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