昨年『ダークツーリズム入門』(イースト・プレス)という本を紹介した。東日本大震災の被害を受けた福島第一原発の周辺、三陸海岸北部、日航機が墜落した御巣鷹の尾根、広島の原爆ドーム、チェルノブイリ原発の跡、ユダヤ人が虐殺されたアウシュビッツなど悲劇の現場を紹介した、写真集のようなガイドブックのような本だった。もう少し読み応えのある類書はないかと思っていたところ出たのが、本書『ダークツーリズム』(幻冬舎)である。著者の井出明さんは金沢大学准教授の観光学者。「ダークツーリズム」について「人類の悲劇を巡る旅」と定義する。
井出さんによると「ダークツーリズム」という概念は、1990年代にイギリスで提唱されたという。「これまで観光資源として認識されていなかった戦争と災害、そして様々な死の現場といった悲劇の場に人々が訪れる現象」と説明する。そうした総論のあとは、各地の紀行文という体裁をとっている。その中には普通の観光地と思われているところもあり、皮相的な見方をしていた評者はがつんと頭をたたかれたような思いがした。
たとえば、北海道の小樽。運河の景観で評判の観光地だが、井出さんは「小樽が持つ近代の悲しみの記憶に核心的価値を感じる」と書く。たとえば「小樽における小林多喜二の記憶は、自由な時代の崩壊、性労働の悲しみ、下層労働者の苦しみを感じさせる」という。多喜二の恋人が働いていた「曖昧屋」があった歓楽街の名残りはないが、想像力で陰の部分は補うしかないようだ。
あるいは西表島。エコツーリズムの聖地とされる沖縄の人気の島だが、第二次大戦末期、旧日本軍が近隣の波照間島から住民を強制移住させ、マラリアで三分の一が亡くなったという。「忘れな石」と呼ばれる慰霊塔が立っている。また1944年には中国人船長と数人の朝鮮人乗組員が載った「安東丸」が海難事故で西表島に漂着、虐待事件が起きたという。井出さんは「地域の加害性をどう位置づけるかという難しい問いと向き合わなくてはならなくなる」と「ダークツーリズム」の困難さも指摘する。
最終章で、東日本大震災の被災地では「復興ツーリズム」ということばが語られるが、井出さんは「ダークツーリズム」とは決して背反せず、相互に補完するものだという。津波で児童が多数亡くなった、石巻市の大川小学校の遺族からは井出さんに協働を望む声が寄せられているそうだ。
ダークツーリズムにかんする体系的な学術書はまだ日本では出ていないという。東浩紀氏編著の『福島第一原発観光地化計画』(ゲンロン)が参考になるだろう。
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