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訳あり客が一皮むける、2泊3日の物語

房総グランオテル

 本書『房総グランオテル』(祥伝社、2018年)は、海辺の民宿を舞台にした、越谷オサムの書き下ろし作品。どん底にいた訳あり客3人が、2泊3日のうちに一皮むけていくドラマが描かれている。

 「動くな!」と銃口を突きつけられた夏海が、「どうしてこんなことになっちゃったんだろう。まだ家と学校と、この小さな町くらいしか知らないのに。死にたくない」と震えるシーンで、物語は幕を開ける。

 東京から特急列車でわずか1時間20分の地にある、青い海と月色の砂浜が美しい南房総・月ヶ浦。この町で生まれ育った17歳の夏海は、民宿「房総グランオテル」の看板娘。従姉妹のハルカと、オフシーズンにしかできない客室でのお泊り会を楽しみにしていた。ところが、今日の宿泊客3人の様子が、どうもおかしい――。

 田中は、自称プロカメラマンの23歳男性。カメラに偶然写り込んだハルカを探して月ヶ浦まで来ていた。佐藤は、出版社勤務の30歳OL。上司のパワハラで心身衰弱し、自殺を疑われるほどの陰気さを放っていた。菅沼は、元・売れっ子歌手の中年男性。へらへらしているが意外な目的で宿泊していた。この3人の客と夏海の視点から、物語は描かれている。

 3人に若干の怪しさを感じつつ、それぞれの視点で書かれた章を読むと、彼らが「房総グランオテル」にやって来た事情と胸の内がわかる構成になっている。悪役と思われる登場人物が見当たらず、冒頭の緊迫したシーンは、一体どうしてそうなるのか?と不思議に思うほど、物語は平和に進む。ところが、終盤になってようやく不穏な空気が漂い始め、そこから一気に、読者は緊張感を持って見守ることとなる。

 佐藤は、会社と同じ電話の音にビクッとしてコップを落とし、上司の苛立たしげな舌打ちと睨みつける目が常に向けられていると錯覚する。パワハラで弱り切った佐藤を、よくここまでくっきりと描写できるものだと思う。最初は互いに嫌悪感や不信感を抱いていた3人の客が、「房総グランオテル」に滞在する3日間で上向きに変わっていく様子は、読んでいて気持ちがいい。

 著者の越谷オサムは、1971年生まれ。2004年「ボーナス・トラック」で第16回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞し、デビュー。11年『陽だまりの彼女』(新潮社)が啓文堂書店「おすすめ文庫大賞」を受賞し、ベストセラーとなる。同作は13年に松本潤、上野樹里主演で映画化された。他の著書に『階段途中のビッグ・ノイズ』(幻冬舎)、『空色メモリ』(東京創元社)、『金曜のバカ』(株式会社KADOKAWA)、『せきれい荘のタマル』(小学館)、『いとみち』(新潮社)、『くるくるコンパス』(ポプラ社)、『魔法使いと副店長』(徳間書店)などがある。


BOOKウォッチ編集部 Yukako)
  • 書名 房総グランオテル
  • 監修・編集・著者名越谷 オサム 著
  • 出版社名株式会社祥伝社
  • 出版年月日2018年3月20日
  • 定価本体1400円+税
  • 判型・ページ数四六判・282ページ
  • ISBN9784396635404
 

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