同時通訳者の草分けの一人とされ、長く英語教育に携わる鳥飼玖美子さんは、近年、急速に進められている英語授業の改革について、英語格差を広げるもとになるとして批判を強めている。改革の目的であるグローバル人材の育成は進むかもしれないが、その一方で、おいてけぼりの脱落組がますます迷える存在となると心配する。
本書『本物の英語力』(講談社)は鳥飼さんが2年前に刊行したもので、英語を「どのように学ぶか」という方法論に焦点を合わせたもの。学び方は学習者それぞれが考えて選べばいいと考えていた著者だったが、当時すでに混迷の様相を呈していた英語教育界をみて、ビジネス的ニーズではない、少し力を抜いた「分かり合える英語」に親しんでもらおうとあえて学習方法に踏み込んだものだ。
小学校での英語の教科化や、高校での英語授業を英語で行うことなどの教育改革が矢継ぎ早に打ち出され、大学入試では、4技能(聞く、読む、話す、書く)の適切に評価するなどとしてTOEICなどの民間の検定試験の導入が計画されている。英語教育をめぐっては、時代に関係なく普遍的に、授業について行けない生徒らがいるものだが、そうした脱落組をなくす対策は聞こえてこない。
著者は「あとがき」で、高校3年生の半数以上が「英語学習は好きではない」と回答した文部科学省の調査を引用して、英語教育の現状に懸念を表明。「スーパーグローバルハイスクール、スーパーグローバル大学指定など、グローバル人材育成の波が教育界を席巻」する一方、その波が英語格差を一層拡大し「グローバル人材の範疇に組み込まれる一部エリート」と「英語に苦手意識を抱く悩める層、そして英語が嫌いで負けを自認しあきらめてしまっている脱落組」とのコントラストがますます強烈になると指摘している。
こうした格差拡大の懸念は、以前に紹介した「史上最悪の英語政策」や「TOEIC亡国論」などで、具体例を挙げて説明されている。
本書は「英語に苦手意識を抱く悩める層」や「あきらめてしまっている脱落組」に、差し伸べられた救いの手ともなるもの。といっても、もちろん、読めば英語ができるようになるという魔法の本ではない。日本語を母語とするわたしたちは、能力に個人差はあるけれど、いわゆるネイティブスピーカーのように英語を操れるようになれるものではなかろう。だから、自分に合ったスキルだけでも伸ばせるようにすればいいのではないか。
本書では、そうした例としてノーベル物理学賞受賞者の益川敏英さんを紹介している。大学入試で今後重視されるという4技能について「4技能課すというのはどうかな」と述べ、本人は「読む」の1技能しか持ち合わせないという。「物理の世界だったら基本的な英単語は知っていますから、あとは文法を調整すれば分かる。行間まで読めます。小説だとチンプンカンプンですが」と益川さん。「読む」1技能だけでも、語彙や文法知識は必要なのだ。著者は「先立つものは語彙」「話すためにこそ文法」として、それぞれにも紙数を割いている。数多い著作のなかでも「あえて学習方法に踏み込んだ」本書ならではの構成だ。
デジタル時代の現代は、映画を自宅で繰り返し見られるうえ、英語圏発のニュースもインターネットで手軽に接することができ、語学学習の環境は、著者の時代と比較すれば格段に向上している。それら、いわば現代の利器を活用してもっと楽しく英語学習をするようにして「グローバル市民」を目指すことを本書は提案している。
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