白鵬はただ強いだけではない。これまでの横綱とちょっと違う印象がある。いつも何か考えごとをしているような雰囲気が付きまとうのだ。いったい、何を考えているのか。
本書『白鵬伝』(文藝春秋)は横綱白鵬についての本格的な評伝である。著者のジャーナリスト、朝田武藏さんは8年間にわたって延べ100時間のインタビューをしたという。元日本経済新聞の社会部記者。数々の金融犯罪や政界の汚職を追及してきた敏腕だ。そんな記者との長時間インタビューに対応できるということは、白鵬がふだんから物事を深く考えているからだろう。
白鵬の記録はズバ抜けている。優勝40回とか、通算勝利記録とか、とにかく歴代の横綱の中でも別格だ。
一方で取り口についてあれこれ言われ、土俵での振る舞いについてもケチが付く。最近はそうした批判がピークに達した感もあった。
本書を一読してすぐわかるのは、白鵬がやはり「考える横綱」だということだ。今日の勝負が終わって、支度部屋の風呂に入る。そして、大銀杏からチョンマゲに結い直してもらい、東京の場合は国技館を出る。そこからもう、次の日の取組のことを考えているという。15日間、全部そうです、と明かす。
酒はイケる方だが、横綱になってから場所中は飲まない。完全禁酒。緊張感をキープする。「ちぃっちゃいことかもしれないけど、そのちっちゃいことの積み重ねが大事なんじゃないかな」という。
宿舎の部屋に戻ると、手元のiPadで過去の取組映像を確認する。その作業に時間を費やす。いい時の立ち合いは全部iPadに入れてある。節制、研究熱心、熟慮。中学時代は歴史書を徹底的に読んだというから、思考の基礎はできている。そして質問をけむに巻くときは、「横綱になった人にしかわからないだろうけどね」とつぶやく。
白鳳の父親はモンゴル相撲の英雄であり、オリンピックのレスリングで銀メダルも取っている。したがって白鵬には親譲りの、格闘技の才能に恵まれた面はあるだろう。しかし来日してからの道のりは簡単ではなかった。体重62キロ。今よりずっと小さく、痩せていたからだ。稽古で徹底的にシゴかれ、一日3回、泣いていた。
それが横綱にまでなれたのは、「相撲の神様が認めてくれたから」だという。著者が「神様」の具体名を聞くと、すぐに「ノミノスクネね」と返ってきた。日本書紀によれば、野見宿禰は当麻蹴速(タイマノケハヤ)との激闘を制し、子孫が相撲司家となった。
著者はこの激闘について、「打撃技が中心だった。双方、殴る、蹴る、投げるの応酬」「スクネが倒れたケハヤを踏みつけ、腰骨を折り、殺害してしまった」と記す。
現在の相撲からは考えられない荒々しさだ。白鵬の相撲については、勝った時の「ダメ押し」などが批判されたが、心酔する「相撲の神様」の凄まじさを顧みれば、可愛いものかもしれない。
相撲は心技体といわれる。白鵬は著者に、幕内力士であれば技と体を持っているのは当たり前であり、勝敗を決するのは「八割が心」だと説明する。著者も「白鵬が同時代の力士の中で卓抜しているのは、何にも増して、ものに動じない胆力」と書く。
だが、その「心」が昨年の九州場所で乱れを見せた。「立ち合い不成立」を主張し、抗議行動を続け、審判部から厳重注意処分を受けたのだ。事件を振り返って白鵬は語る。
「いろいろなもの(批判)を経験して耐えて、ある意味、私も成長した可能性もあると思うんで。...人間て、死ぬまで勉強だというじゃないですか。まだまだ人生勉強かもしれないね」
著者は「『品格と力量』を両立させる真の横綱道を求めて、白鵬はなお途上の人だ」と付け加えている。
白鵬があこがれ尊敬し目標とするのは 双葉山だ。69連勝という記録だけではない。「心技体」がそろった不世出の横綱として後世に名を残している。二場所休場し、父の死を乗り越えて夏場所に臨む白鵬--「途上の人」が、いちだんと勉強を重ねた姿を見せることができるか、注目したい。
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