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「日本の中の北朝鮮」はこんなところだった

朝鮮大学校物語

 太宰治が入水したことで知られる玉川上水。どんどん上流にたどっていくと、次第に雑木林が目立ちはじめ武蔵野の面影が濃くなる。小平市に入ると、津田塾大学のレトロな建物にぶつかり、さらに歩くと、右手の木立の間からに朝鮮大学校のグランドが見えてくる。サッカーやラグビーをしている学生たちの元気な声が聞こえてきて、日本の学校と変わらないような気がする。

 しかし、ここは日本であって日本ではないような、ミステリアスな空間だ。本書『朝鮮大学校物語』(株式会社KADOKAWA)の著者のヤン ヨンヒさんは同校の卒業生。その体験をもとに小説という形で、外部と遮断された「不思議の国」を描く。

外出は許可制でハンコが必要

 1964年、大阪に生まれたヤン ヨンヒさんは在日コリアン二世。ラジオパーソナリティ、ビデオジャーナリスト、映画監督など多方面で活躍している。監督作品としてドキュメンタリー映画「ディア・ピョンヤン」(2005年、サンダンス映画祭審査員特別賞ほか)、劇映画「かぞくのくに」(12年、ベルリン国際映画祭国際アートシアター連盟賞、読売文学賞戯曲・シナリオ部門賞ほか)などがある。特異な経歴もあって、メディアに登場する機会も多い。

 民族教育を受けて育ち、83年、朝鮮大学校に入学した。大阪の殺風景な下町に住んでいただけに、初めての東京、しかも緑の多い環境には期待を膨らませた。しかし、学校に一歩入って思う。「来る場所、間違えたかな」。始業式で渡された3冊の本に気が重くなったのだ。

 『金日成(キム・イルソン)著作選集Ⅰ』『親愛なる指導者、金正日(キム・ジョンイル)同志の主体的文学論について』『主体(チュチェ)芸術論』

 親父と息子の両方? 勘弁してえな・・・。胸を突いたそんな言葉を飲み込んだ。本棚に飾るだけでも嫌なのに、今夜から自習時間の必読書だというのだ。

 全寮制で日本語禁止、無断外出厳禁。朝6時45分、起床。7時、中庭で朝礼。7時15分、朝食。授業の後、18時、夕食、風呂。19時15分、点呼。19時30分、政治学習。20時、自習。23時、一日の総括。24時、消灯。外出は許可制でハンコが必要。印鑑を押す欄が5つもあった。

著者はその後、米国に留学

 小説とはいえ、大学生活の厳しい規則や制約に関することは、おおむねその通りだろうと思われる。緊張が続く当時の朝鮮半島情勢。北朝鮮では金日成主席が神格化され、息子の金正日が後継になるのではないかという世襲話が進んでいた。韓国では全斗煥が軍事クーデターで政権を握り、光州事件などで民主化を徹底弾圧、強権を確立していた。こうした事情を反映して、北朝鮮と直結する朝鮮大学校の民族教育も、いちだんと緊張感と厳しさが増していた時期だったといえる。

 本書は第一章「一九八三年、一年生の春」から、第四章「一九八七年、四年生の冬」まで順に年を追って展開される青春学園ドラマの形式を踏んでいる。全国の朝鮮高校から、それぞれの地方色豊かな訛りの日本語と、その訛りを残した朝鮮語を話すクラスメート。命令形で本国の方針を強要する教師たち。いわば、一般の日本社会から隔絶された「日本の中の北朝鮮」。そこから、主人公のミヨンは大胆にも一歩踏み出し、日本の大学生と付き合い始める。

 著者自身はきちんと卒業して、いったん大阪朝鮮高級学校の国語教師を務めた。しかし、本書の中でミヨンは学校への違和感を持ち続ける。近づく卒業式。リハーサルでクラスメートたちは、「与えられた『革命哨所』にて忠誠を誓います」と宣言することを強いられるのだが、果たしてミヨンは・・・。

 舞台となっているのは30年以上前の朝鮮大学校なので、現在は変わっているところもあるだろう。あるいは変わっていないところが多いのかもしれない。

 著者はその後、米国に留学し、ニューヨーク・ニュースクール大学大学院を修了。自身の家族を10年にわたって追い続けたドキュメンタリー「ディア・ピョンヤン」は、朝鮮総連の幹部だった両親と娘との離別と再会、そして和解を描いた作品として国際的に評価された。

 本書は小説とはいえ、著者が重たい過去と改めて向き合った実録ともいえる。主人公に、最後に大胆な行動をとらせた結末は、生煮えだった自分自身の学生生活への悔恨であり、「もう一つの選択肢」を示したということなのか。本書を通し、著者は改めて自分の中に抱え込んでいた何かを吹っ切ったに違いない。

  • 書名 朝鮮大学校物語
  • 監修・編集・著者名ヤン ヨンヒ 著
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2018年3月22日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数B6判・232ページ
  • ISBN9784044000929

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