冬季オリンピックが終わった韓国・平昌では3月8日から、冬季パラリンピックが開幕する。それを目前に控えて刊行された『伴走者』(浅生鴨著、講談社)は、障害者スポーツのスピード競技には欠かせない「伴走者」を描いた2編の物語から成る。「夏・マラソン編」と「冬・スキー編」。いずれも、これまでほとんど知られていなかった裏方的存在の役割に注目、版元の惹句は「新しいスポーツ小説」とうたう。
両編とも設定は、オリンピック・パラリンピックの2020年東京大会終了後。パラリンピックをめぐって日本の「連盟」はメダルの獲得を重視するようになり選考は厳格化していた。選手側からは、指導者を兼ねる、優れた「伴走者」の需要が高まる一方だ。また、競技によっては安全面重視で選手層が薄くなり存続が危ぶまれており、それまでの「伴走者」がいなくなる危機に見舞われている。
マラソン、スキーともに伴走の相手は、全盲の選手。スキーの種目はアルペンスキー。旗門を縫うようにして斜面を滑降する。伴走は、マラソンでは「きずな」とも呼ばれるロープを握り合って、スキーではスピーカーあるいは無線交信で選手を誘導する。
オリンピックなど国際大会でも、マラソンで競技中に転倒したりコースを間違えることがあり、アルペンでは旗門をうまく通過できなかったりターンしそこないコースを外れてしまうことがある。パラリンピックなど同じコースで競技する目の不自由な選手たちアスリートぶりは超人のようにもみえる。もちろん選手の能力がもっとも重要なことだが、超人になれるかは伴走者しだいなのだ。
装具や機器の進歩もあって、障害者スポーツ選手の能力は年を追うごとに向上している。競技によっては記録的にも晴眼者の選手に迫るものもあり、その「伴走者」となるためには、相応の能力が求められる。本書に登場する「伴走者」は、自らの競技歴でもう一花咲かせたいと切望している現役選手や、オリンピック手前で自ら身を引いた元選手だ。
著者の浅生鴨さんは、NHK職員から転身した作家、広告プランナー。NHK時代にパラリンピックの番組制作を手がけた経験があり、選手や伴走者にじっくり取材して本書を書きあげたという。2作品のなかで強調されているのは、有望な障害者選手と出会って伴走者のなかで再点火した「勝ちたい」という思いだ。
「冬・スキー編」で伴走者となるのは、東北地方にある北杜乳業に勤務する立川涼介、35歳。新卒で入社し12年目、営業二課で菓子メーカーに乳製品を卸す業務に携わり成績上々だ。学生時代にはアルペン競技でオリンピック出場も期待されたトップレーサーだったが本人にその気はなく3年生を限りに競技から引退し故郷で就職したものだ。
北杜乳業は社会貢献として障害者スポーツ支援を始め、スキー部で全盲の女子高生、鈴木晴をアルペンの選手として育成することに。立川に「伴走者」を務めるよう依頼がもたらされる。立川は競技から離れしばらくたっているうえ「伴走者」の経験がないので辞退の気持ちが強い。
だが晴が滑降する様子を目の当たりにし、そのスピードに驚き、これなら勝てると思うようになる。晴がいれば、もう一度スキーの世界で勝者になれるかもしれない...。
目が不自由なことを感じさせない晴の振る舞いに接して立川はますます積極的に「伴走者」を務めるようになる。ハンディキャップのためにできないことははっきり伝え手助けを求めるが、立川にとっては、まるで見えているように行動することも多い。読み手には立川の経験を通して、晴の内面が伝わってくるようでもある。
「夏・マラソン編」の伴走者は、いまは一般企業でシステムエンジニアを務めているが、学生時代には機械とも称されたランナーの男。伴走の相手は、全盲の元サッカーのスター選手で、勝つことだけしか考えていないうえに傲慢さが目立つ。スキーの晴と違って事故で視力を失ったもので、2編を並べることで、同じく全盲のスピード競技の選手でも、ハンディキャップを負った理由の違いにより生じる振る舞い方の違いを際立たせている。
パラリンピックの観戦の味わいを深める一冊。
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