昭和10年、東京の上流社会が舞台。華族の娘・笹宮惟佐子は、女子学習院高等科に通う20歳だ。美貌を誇るが、数学と囲碁が趣味という風変わりで孤高な一面をもつ。ただ一人の親友・宇田川寿子が突然失踪し、やがて富士山麓で陸軍中尉と情死したと報道される。惟佐子は、旧知の女性カメラマン・牧村千代子に調査を依頼、千代子は寿子の足跡を日光周辺に発見する。離れた日光と富士。心中は可能なのか? 寿子の死の真相は......。
奥泉光は芥川賞作家としてキャリアを歩み始めたが、その作品にはミステリーの構造を取るものが多い。とは言え、単なる謎解きにはならず、位相のずれた謎が提示され、「真相が分からない」と不満をかこつ読者がいたのも事実だ(例えば初期の大作『葦と百合』)。この点に関しては開き直っていた節さえある。
またモチーフとしては音楽、軍隊を取り上げたものが少なくない。前者としては『鳥類学者のファンタジア』『シューマンの指』、後者には『グランド・ミステリー』『神器 軍艦「橿原殺人事件』(野間文芸賞)などがある。本書『雪の階』は、そんな作家のすべてが詰まった作品である。
本書には過去の奥泉作品の重要アイテムが出てくる。『鳥類学者のファンタジア』に登場するドイツの心霊音楽協会、ナチスとの関連がささやかれる指導者のギュンター・シュルツ。また過去作品では海軍が舞台だったが、今回は陸軍だ。著者の調査力は驚異的で、陸軍の中堅エリートたちの内奥がみごとに描きだされている。
作品は真相に迫りながら、昭和11年2月26日に発生した陸軍若手将校による「2・26事件」を前にピークを迎える。
伯爵令嬢・惟佐子が醸し出す典雅で妖艶な世界にひたりながら、八十余年前の雪の東京の情景に思いをはせてみたらいかが。
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