あちこちのメディアに取り上げられ話題になった本だ。『不安な個人、立ちすくむ国家』(文藝春秋)。もともとは2016年8月、当時の事務次官のもとに、省内の20代、30代の若手官僚30人が集まり、半年近く議論を重ねて作った報告書だ。
17年5月に産業構造審議会総会の配布資料として公開されると、瞬く間に150万ダウンロードを記録、さっそく書籍化された。省内の報告書が単行本になり、反響を呼んだという珍しいケースだ。
経産省の前身は、通産省。戦後の日本経済復興のリード役を果たした。その後、民間企業が実力をつけたので、一時は不要論も出たような気がするが、2001年の中央省庁再編に伴い、経済産業省に名称を変えて今日に至っている。
もともと論客の多い役所だ。田中角栄氏の「日本列島改造論」の下書きを書いたのではとうわさされた人もいたと記憶する。堺屋太一さんもOBだ。産業調整の仕事が中心だったので、係長や課長補佐クラスは常に「たたき台」を構想する必要がある。
かつて通産省を担当していた記者から「通産省の引き出し構想」という言葉を聞いて驚いたことがある。ちょっと気の利いた官僚はたいがい構想案をもっており、それが引き出しの中にあるというのだ。原稿に困った記者は、役人に「引き出し構想」を見せてもらって記事を書いたとか。
今度の本は、次官のもとに俊英を集めたプロジェクトチームの仕事だから、「引き出しレベル」ではない。内容も「政府は個人の人生の選択を支えられているか」「多様な人生にあてはまる共通目標を示すことができない政府」「自分で選択しているつもりが誰かに操作されている?」「我々はどうすればいいか」など多岐にわたり、役人らしくない辛口の見出しもある。
「非正規雇用・教育格差と貧困の連鎖」「一律に年齢で『高齢者=弱者』とみなす社会保障をやめ、働ける限り貢献する社会へ」「子供や教育への投資を財政における最優先課題に」などが「まとめ」の形で記されている。
ふと立ち止まって考えてみると、文科省、厚労省、財務省などの管轄に関する話が少なくない。安倍政権では経産省が中枢を占めていると聞くから、思い切った提言ができるということなのだろうか。
3.11以降、世間と経産省の接点は「原発」だが、大見出しでは見当たらない。東芝の経営破たんでも経産省の役割が問われたが、そのあたりも同様だ。本書では世間に大きく門戸を開いているように見えるが、たしか省内の各部屋への立ち入りは最近厳しくチェックされるようになったはずだ。読みながらそのあたりのことが気になったが、省庁の壁や権益を越えて広く日本の将来を見据えようとする姿勢は好ましい。厚労省や財務省の若手が本書をどう読んだか、知りたいような気もする。
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