30万部を超えるベストセラーになったという『京都ぎらい』の続編だ。今回は『京都ぎらい 官能篇』(朝日新聞出版)。京都にまつわる「神話」を引っぺがすという意味では前作の延長だが、ある意味、前作より踏み込んだ部分もある。
著者の国際日本文化センター教授の井上章一さんは、前作で、洛中の人々の優越感や一種の差別意識を鋭く指摘した。同じ京都でも洛中以外の周辺を見下している、洛外育ちの自分はそのことを思い知らされてきた、ということを実例を挙げながら暴露。洛外のみならず、日本全国のそうした思いの人々の共感を誘った。
本作では逆に、自身の故郷である洛外、嵐山・嵯峨野などが、なかなか素晴らしいところだという話から書き起こす。京都好きな「王朝文学少女」らが好むのは嵯峨野歩きであり、テレビの時代劇のロケもたいがい嵯峨野だ。ドラマの中では陸奥を旅しているはずの水戸黄門の一行が実際に歩いているのは、嵯峨野の広沢池の周辺。遠山の金さんが刺青姿でかっこよく見栄を切る白洲は大覚寺だ。
洛外の良さを賛歌する一方で、今はお高く留まっているかに見える洛中が、最近まで「淫乱都市」だったとクサす。たとえば1906年発行の『京都側面史』には「木屋町と申せば、『粋客先刻御承知の遊仙窟』」と記されている。1913年の『享楽の都』という本では東山の麓が「享楽の巷」になっていると書かれている。あるいは井原西鶴の「好色一代女」には洛中の中心地、室町あたりの呉服を売る女性が、長逗留の侍客の宿まで商品を届けるついでに「思ひの外なる商事(あきないごと)」をしていたことなども紹介されている。洛中って、そんなに偉いの、下半身づくしではないの、というわけだ。
その極めつけが宮中やその周辺のご乱行。後醍醐天皇は、あるとき近隣の武将たちを招いた酒宴を催した。その席には美人で肌のきれいな20数人の女性をはべらせていた。裏地のない裸体が透けて見えるようなスケスケの装い。今風に言えば「シースルーのコンパニオン」がお酌する乱痴気パーティではないかと見る。天皇が、美人で知られた側室を武将に授けて、忠誠を誓わせるということもしばしばあったことなども紹介している。
建築学科出身の著者は、こうした、いわば「貴」と「色」が、非常に近くで混在していたのでは、ということに古建築の面からも迫る。遊郭があった場所で知られる下京区島原の伝統的家屋「角屋」と、宮内庁管理の桂離宮の内装の類似性に気づいたのだ。ともに約400年前の建築。そのことを雑誌「別冊太陽」に書こうとしたら、ストップがかかった。桂離宮と遊郭建築の類似など困る、書くなら桂離宮の写真は使わせない、と宮内庁側から編集部に通告があったのだ。結局、この原稿はボツ。本書の中でいろいろな話が出てくるが、このリアル体験が最も興味深い。井上さんは、京都の「タブー」に触れてしまったのだろう。
このように「続編」の本書では、冒頭にも書いたように「踏み込んだ」ところがある。いろいろと考えることが多かったのか、心なしか、前著より、「句点」が多くなったような気がする。
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