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子どもの頃の感覚は、こうだったのかもしれない

ヤモリ、カエル、シジミチョウ

 幼稚園児の拓人は、あまり言葉を発しないが、小さな動物や虫と話ができる。姉の育実は、拓人の良き理解者で、いつも弟を気にかけている。父の耕作は、月の半分以上を外で愛人と過ごすが、離婚するつもりはない。母の奈緒は、夫の自由な恋愛に傷つきながらも、夫の帰りを待ちわびている。耕作の愛人の真雪は、結婚に興味はなく、ただ耕作が欲しいと思っている。

 拓人と育実の遊び場である霊園で働く児島は、胸の内で墓に話しかけている。拓人と育実のピアノの先生の千波は、結婚を控えている。千波の母親の志乃は、20年以上会っていない愛人に心の中で話しかけている。拓人の隣家に住む独居老人の倫子は、テレビを大音量でつけて独り言を言っている。

 各登場人物の物語が、交互に描かれている。個々の物語は並行して進んで、徐々に接点を持つようになる。

 最初のページから意表を突かれたのは、拓人のパートがひらがな・カタカナで書かれていることだ。他の登場人物のパートと比べて、ぎこちない、読みづらいと感じるが、そこでは、音、色、光に満ちた拓人の世界が描かれている。拓人のように感覚を研ぎ澄ませるには、ひらがな・カタカナだけであることが大事なのかもしれない。

 「せかいはおとだらけのばしょだ。...おとは、たくといがいのものたちがだすのだ。つまりせかいが。そこに、たくとはひとりきりでいる」

 「せかいにはいろんないろがある。いろはうごくし、まざったりすれちがったりする。つよまったりよわまったりも。たくとにはそれがおもしろいのだ」

 「せかいはいつもいっぺんなのだ。あまりにもたくさんのものやいろやおとやにおいがいっぺんだから、ひとつずつをききわけたりみわけたり、くべつすることはとてもむずかしい。たくとはただうけとめる...」

 本書『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』(江國香織著)は、何かわかりやすい答えが書かれているわけではない。読み手によって、いくつもの感想が生まれるだろう。一つの見方として、子どもと大人、感性と言葉の対比があるのではないか、と感じた。子どもと大人は同じ世界にいるが、見えている世界は違うのかもしれない。言葉でわかったつもりになっていても、物事を完全に捉えてはいないのかもしれない。14年に朝日新聞出版から単行本として刊行され、15年に谷崎潤一郎賞を受賞。17年には文庫化された。

 著者の江國香織は、1992年『きらきらひかる』で紫式部文学賞、2002年『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞、04年『号泣する準備はできていた』で直木賞を受賞。児童文学から恋愛小説まで幅広く執筆、詩作のほか、海外の絵本の翻訳も手がける。父の江國滋(1934~97)はエッセイストとして高名だったが、今や父以上の人気を誇る。

BOOKウォッチ編集部 Yukako)

  • 書名 ヤモリ、カエル、シジミチョウ
  • 監修・編集・著者名江國 香織 著
  • 出版社名株式会社 朝日新聞出版
  • 出版年月日2017年11月30日
  • 定価本体760円+税
  • 判型・ページ数A6判並製・472ページ
  • ISBN9784022648648

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