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時代小説の名手には苦難のサラリーマン時代があった

藤沢周平 遺された手帳

 時代小説の名手、藤沢周平には苦しい修業時代があった。結核のため郷里・山形の教員を辞め、東京で業界紙の記者のかたわら小説を書いていた。1963年2月、長女展子さんが生まれたが、その年の秋に妻悦子に先立たれた。1963年に書きだされた手帳に当時の心境をこう綴っている。

 「12月6日 生きていればやはりまだ生きる苦しみが押し寄せてくる。悦子は結局幸せだったのか。私はやはり小説を書き続けるだろう。悦子とのことを書くためにも」

 その手帳と大学ノート3冊に藤沢は日記、メモを残していた。いま藤沢関連の著作、エッセイを書く展子さんがそれらを読み解き、解説したのが本書『藤沢周平 遺された手帳』である。「海坂藩」もので後年多くのファンを獲得した藤沢が、筆1本で立つようになるまでの苦闘が浮かび上がってくる。

 当時、読売短編小説賞には現代小説で応募していたが、1965年の記述には「断言するが、俺は芥川賞向きではない。従って数多の純文学雑誌の『○○賞』というのに何の興味もない」とあり、直木賞を目指していたことがわかる。この頃は「日本加工食品新聞」の編集長になっていた。「会社で恥かかぬようにしないといけないな」ともあり、展子さんは「いかにも父らしい」と記している。

亡き妻とふるさとへの思いが作品に

 1973年に「暗殺の年輪」で直木賞を受賞し、翌年会社を辞める。この年には雑誌に20本の短編を発表している。「会社を辞めて大丈夫ですか」と編集者に言われたので、専業作家になってからは来る仕事をすべて引き受けたのだという。ノートは1976年で終わっている。藤沢はその後、自ら多くのエッセイを書き、生涯をふりかえっている。そこで欠けている、いわば空白の時代を展子さんが本書で解読してくれたわけだ。郷里の鶴岡のことや妻悦子さんの思い出もかたちを変えて時代小説に出てくるという。病気のためふるさとを追われた藤沢だったが、その心の中にはふるさとへの思いが生き続けていたに違いない。(BOOKウォッチ編集部)

  • 書名 藤沢周平 遺された手帳
  • 監修・編集・著者名遠藤展子 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2017年11月30日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・246ページ
  • ISBN9784163907611

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