講談師の神田松之丞は昨今、なかなか見ることができない芸人の一人。それは彼が「絶滅危惧職」の講談師だからではなく、人気がありすぎてチケットを簡単にはとれないからだ。明治から昭和初期にかけては落語を凌ぐ人気があったという講談だが、凋落続きで一時は存続が危ぶまれるほどに演者の数が減少した。現在では演者の数は増えたものの、落語と比べるとその規模は10分の1で、講談師は依然「絶滅危惧職」のまま。松之丞は、そうした低落傾向を反転させ明治以来の講談ブームを再興させうる男として注目されている。
松之丞は1983年生まれの34歳。2012年に二ツ目に昇進し、すでに真打が視野に入っている。真打の披露目興行は東京の歌舞伎座でやりたいと希望。それは、師匠(神田松鯉=しょうり)が歌舞伎役者を目指していたからということと、歌舞伎座で講談を披露することで話題になり、講談のファンも増えるに違いないという目論見があるからだ。
本書は、文芸評論家、書評家、作家である杉江松恋さんが聞き手となって2人の掛け合いで構成。単なる対談ではなく杉江さんの補足説明や解説が挿入され、松之丞の講談の人気の秘密が立体的に伝わるよう仕上げられている。
東京の講談界では1990年代以降、女性優位が続き、いつの間にか男女の比率が逆転。その後も入門者のほとんどが女性ばかりという状況になった。松之丞が所属する日本講談協会では、そのウェブサイトによると、20人の会員のうち男性は6人。もう一つの講談協会でも女性の数が男性を上回る。それだけに、この数年は講談といえば、"女流"のイメージが定着し、限られた愛好家が親しむ演芸になっていた。
そこに新風を吹き込んだのが松之丞だ。「まるで突然変異のように、神田松之丞という存在だけが浮上してきた。なぜなのだろう。どうして神田松之丞は講談師になったのだろう。どうしても答えを知りたいと思った」と杉江さんは「聞き手」を務めた動機を述べる。
高座で釈台と呼ばれる小机を前にした松之丞は、正面をまっすぐ向くのではなく、体が傾いた感じ。そして三白眼の印象を与える視線を客席に躍らせながら語りを続け、物語が進むにつれ声量が増しスピートが上がる。張り扇で釈台で打ちながらつくるリズムはアップテンポで観客はどんどん引き込まれていく。
「(読んでいる話の)説明を入れるだけじゃなくて、後を振り返り振り返り、野暮にならない程度で補足を入れたりとか、ここはたぶん混乱するだろうからちょっと丁寧に言おうとか、そういう配慮をして、お客さんが『松之丞が今言っていることは全部わかっている』という状態になることを目指すんです」と松之丞。
11月26日の日本テレビ系「笑点」で、大喜利の前の演芸に松之丞が出演した。笑点の演芸コーナーで講談が演じられるのは15年ぶりだったという。ここでも"復権"に貢献した松之丞。だしものは、時間が短いので、芸としての講談の説明とそのさわりの披露に笑いのタネのくすぐりを挟む構成だったが、松之丞にあまり親しみがない客が大半とみられる会場は、その迫力に圧倒されて笑うのを忘れて静まり返るほどだった。
高校から大学にかけて、歌舞伎、狂言、文楽と「伝統芸能を見まくっていた」という松之丞。「客時代が短い人(芸人)は変な判断をすることが多い。変ていうか、浅いんですよね」。講談師が、演芸界の"レッドリスト"から抜けて種の保存に向かうかどうか、神田松之丞にそのリーダー役を担う期待が集まっている。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?