マレーシアのクアラルンプール空港で2017年2月13日、北朝鮮の故・金正日総書記の長男、金正男氏が暗殺された。衆人環視の場所で誰がなぜ・・・。毎日新聞外報部の記者たちがその真相に迫った。
といっても残念ながら真相は分からない。当然だろう。知っているのはあの人、北朝鮮の最高指導者、金正恩朝鮮労働党委員長と、その側近だけだろうだから。というわけで、本書から何か事件の核心に肉薄する決定的な情報を得ることは難しい。これは別に、毎日新聞外報部が力不足と言うのではない。厚い秘密のベールに包まれた北朝鮮中枢部の内情は、日・米・韓の政府や情報機関もつかめてないだろうし、中国やロシアも同じだろう。世界のどのマスコミも、今のところあれこれ推測しているにすぎない。
では本書の「取り柄」はどこにあるのか。「あとがき」に記されているように、実行犯として逮捕された女性らの足取りを丹念に追ったことだろう。この手法は、すでに「9.11テロ」で朝日新聞が、世界に散る実行犯たちの生い立ちを追ったのと同じである。
事件後に捕まったインドネシア人とベトナム人の若い女性はなぜ「暗殺」に加担することになったのか。そのプロセスを検証することで、彼女らをリクルートし、暗殺実行へと仕立てた北朝鮮工作員たちの動きや、彼らが張り巡らせた東南アジアの闇ネットワークも少しずつクリアになっていく。
だが、「9.11」の確信犯たちと違って、今回の女性らは「騙された」と主張しているようなので、どうしても隔靴掻痒の感は否めない。これも仕方のないことだろう。
日本では「弧絶国家」と思われている北朝鮮。実際には世界の160以上の国や地域、とりわけASEANでは10か国とすべて国交がある。とくに事件の現場になったマレーシアとはつながりが強く、多数の北朝鮮「フロント企業」が存在する。記者はそのいくつかを訪ね、法人登記で役員名簿なども洗い、意外にもマレーシアの元大物政治家などが名前をつらねていることを見つける。彼らの弁明は、「北朝鮮とは国交もあり、違法ではない」。
北朝鮮はアフリカの紛争国などに兵器を安く売り込み、世界各地に労働者を低賃金で派遣して資金を調達している。記者はその一つ、ボルネオの橋の建設現場を訪れ、「ここへ来て2年になるが、家族とは一度も連絡が取れていない」と言う北朝鮮から派遣された労働者の話を聞きだしている。
国連の制裁決議が及ばないような海外の中小金融機関を通じて金を動かす。さらには鍛え上げたサイバー技術でハッキングもお手のもの。そうして蓄えた資金でミサイルや核開発を進めている可能性も指摘する。
敵対者の暗殺は何も北朝鮮の専売特許ではない。ロシアやイスラエルも類似行為をやっている。国家機関が関わったとみられる暗殺事件の多くは謎を残したまま「未解決」となっている――。記者はこうした「国家的テロの闇」を指摘しつつ、中でも突出している北朝鮮について、「『邪魔者』をいとも簡単に殺害する非道な国家は、いつまで命脈をたもつのだろうか」と、やがて来る崩壊の日を予想する。本書のサブタイトル「自滅に向かう独裁国家」に記者たちの怒りが込められている。
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