著者の一人、ジル・ケペル氏は、イスラム主義やアラブ世界の専門家として世界的に知られるフランスの政治学者。本書は同国では2015年12月に刊行された。この年のフランスでは、前年の「イスラム国」(IS)樹立宣言を受け、風刺雑誌「シャルリ・エブド」襲撃など「ジハード」(イスラム教の聖戦)を称する一連のテロが相次ぎ、本書発売直前にはパリで同時多発テロが発生し130人が犠牲になった。
ISの出現もこれらのテロも、過激派の新世代による世界規模での「グローバル・ジハード」の現れ。フランスは欧州の他国と比べて歴史的、社会的に「グローバル・ジハード」が発生しやすい背景があり、同国でのそのパラダイム研究は、ジハーディズム(イスラムの聖戦思想)のこれまでを知り、今後を予測するうえでも、興味深いノンフィクションに仕上がっている。
2001年9月11日の米同時多発テロ事件をきっかけに米国はテロ撲滅の戦いに乗り出し、10年後の11年5月、事件の首謀者とされる、過激派組織アルカーイダの指導者ビン・ラーディンを殺害。この間に、同組織の各地の拠点の攻略を続けたこともあり、アルカーイダ系などの活動家や戦士らは各地に分散し、インターネットを使うなどしてネットワーク化していた。
ビン・ラーディンの側近だった理論派の活動家、アブー・ムスアブ・アッ=スーリーは05年に「地球的なイスラム主義の抵抗への呼びかけ」と題された長い論文をアップロード。ネットを通じて、戦士予備軍の若者たちに神の名においての攻撃を実行するよう呼びかけた。
その後、中東で広がった民主化運動「アラブの春」で各国は民主化を達成する前に混乱状態に陥る。欧州に住むイスラム系の若者たちが中東に向かい、ISの一員となって、戦う能力を身に着け、母国で攻撃をしかけるために戻ってきたという。そしてISの勢力拡大に呼応するように、欧州を中心にテロが発生するようになる。
欧州のなかでもフランスが狙われたことには理由がいくつかある。アフリカ植民地の宗主国であったこと、EU(欧州連合)のなかでも失業率が高いこと、非宗教性(ライシテ=世俗主義とも)を重んじる国であること――などが挙げられるという。国内には、元植民地出身の移民の子どもたちが多く、大都市郊外(バンリュー)のシテと呼ばれる低所得者用の団地に住み疎外感を強めている。彼らの大部分の教育程度は高いといえず、そのためいっそう雇用を見つけにくい。さらに「フランス共和国」の統合原理としての「ライシテ」が反発の感情につながり、ジハードと称するテロへの傾斜を促すのだ。
ジハード指導者らの狙いは、非イスラム教徒の国民対する挑発にある。彼らが怒り、モスクを破壊するなどの反撃にでることを期待している。そして、反移民、反イスラムの極右が支持者を増やし人種差別主義者が増えるほど社会が分断され、イスラム教徒の国民は結束を強めて、自分たちへの支持が強まると想定している。
著者のケペル氏はそれを「幻想」と断じる。欧州各国指導者らが、直接的な対テロ戦争などには踏み込まないからだ。フランス政府は、テロリストがネットで情報網を拡大していることを十分に理解していなかったが、その後テロ防止に総力を挙げて取り組み、テロリストらが用いるソフトウエアのコードを解明するなどの成果を挙げているという。
週刊ポスト(2017年10月27日号)の「ブック・レビュー」で本書を取り上げたイスラム史に詳しい明治大学特任教授の山内昌之さんは「このムスリムの若者は、社会的帰属意識からすれば左派に近いが、民族・宗教上の主張に従えば右派に接近するという屈折した構図をもち、フランス政治ではジレンマの状態にある。そのギャップを暴力的に埋めようという動機こそフランスにグローバル・ジハードを生み出したともいえよう」と述べている。
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