著者は米投資銀行大手に勤務した後、ファイナンスや投資をテーマにしたノンフィクション作家に転身した。2003年には、大リーグの低予算球団、オークランド・アスレチックスをデータ重視の運営で再生させたゼネラルマネジャー(GM)の物語『マネー・ボール』を発表、のちにブラッド・ピット主演で映画化されるなどして、日本でも注目された。最新刊の本書は、その『マネー・ボール』をきっかけに新たな着想を得たことが序章で明かされ、楽しみな予感がわきあがる。
『マネー・ボール』は、さまざまなデータを統計学的に分析して選手の評価や起用などを考える手法「セイバーメトリクス」が、アスレチックスに革命的成功をもたらすストーリー。書籍出版直後に、国際的にも知られる経済学者のリチャード・セイラー氏と、法学者のキャス・サンスティーン氏が「好著」と高く評価。同時にこのテーマを扱うならばカバーしなければならない別のフィールドがあることを指摘し、こちらも大いに注目された。
そのフィールドが「行動経済学」。『マネー・ボール』は、不当な評価で選手市場が非効率化していることを指摘したのだが、セイラー、サンスティーン両氏は、そのことについては、すでに2人のユダヤ人研究者による先行研究があるという内容の書評を発表したのだ。
この指摘に衝撃を受けた著者が、その2人、ダニエル・カーネマン氏とエイモス・トヴェルスキー氏の足跡を追ったのが本書。
大リーグの選手評価で、なぜ各球団の専門家は、不当な数量化などで判断を誤るのか。著者は『マネー・ボール』の続編を連想させるように、NBA(米プロバスケットボール協会)のヒューストン・ロケッツのGMが、スカウトの主観的な判断と、統計モデルを統合する運用例を紹介。GMはそれを検証しているうちに人の判断の不可解さに気づく。その原因は、スカウトたちが自分らに都合の良い材料ばかりを集めて反証情報を無視する、心理学でいう「確証バイアス」にあった。
カーネマン氏とトヴェルスキー氏は、この「確証バイアス」のほか、非効率な事例を検証していくつものバイアスを理論化していく。本書では、その過程を、2人の生い立ちや出会いなどにもさかのぼり、ホロコーストや中東戦争などの影響もはさみ込んで、学問として認められるようになるまでをつづる。
研究を進めるなかで、業績に対する評価が一方に偏るなどして、2人の間が疎遠になる。評価で先行したトヴェルスキー氏は1996年6月に死去。それでも亡くなる前には、カーネマン氏と毎日のように話をしたという。カーネマン氏は2002年、ノーベル経済学賞を受賞した。
評者の作家、板谷敏彦氏は「苦労を分かち合った二人でもままならぬ人間関係。行動経済学の誕生はまさに非効率な感情の物語だった」と述べている。
著者は、2人の研究の最大の功績の一つは、政策立案者らに心理学の重要性気づかせたことであると指摘。2人の存在を指摘したセイラーらは、2人と協力して行動経済学を立ち上げ、サンスティーンらによりオバマ政権で実際の政策立案に応用されるようになったという。
セイラーとサンスティーンの両氏は、米国で本書が出版された16年12月、ニューヨーカー誌に、本書のきっかけになった2人の書評や、トヴェルスキー、カーネマン両氏の業績について寄稿している。
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