南北朝動乱を彩った中心人物でありながら、「英雄」と「逆賊」のあいだで評価が定まらなかった足利尊氏。著者の歴史学者、森茂暁・福岡大教授は、新しい史料を含めた文書1500点を徹底解析し、トータルな尊氏像を描き出した。
尊氏の評価は江戸時代から揺らいでいた。徳川家康は、南北朝時代の解釈については、室町幕府の立場を引き継いで北朝を正統としたため、その北朝を建てた尊氏の評価は悪くなかった。しかし、第2代水戸藩主の徳川光圀の著した歴史書「大日本史」の中では、南朝こそが正統であり、南朝と対決した尊氏は天皇に逆らった悪人であると評された。
更に光圀は、後醍醐天皇のために討ち死にした正成こそが忠臣であると讃えたのだ。
歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」は、赤穂浪士の仇討ち事件を題材としているが、当時はそのままでは上演が許可されなかったため、劇中の時代背景を南北朝時代に移していた。その中で、大石内蔵助は楠正成をモデルとした大星由良之助という人物に置き換えられた。当然、尊氏側は「悪者」となり、庶民レベルではそのイメージが定着していた。
さらに明治44年に南北朝の正統性をめぐる論争が決着し、南朝正統となったため、尊氏は国家レベルで逆賊とされた。戦後、自由な歴史研究が進んだが、一般レベルでは、いまだに「尊氏=逆賊」というイメージの方が強いのではないだろうか。
評者の本郷恵子氏(東京大学史料編纂所教授)は「(文書の中に)尊氏の側から後醍醐を指弾する表現は全く見られない。(中略)尊氏は意外と繊細で紳士的なのである」と記す。 「実は苦悩と逡巡を抱きつつ動乱に身を投じていたことが、多くの古文書からあきらかにされる」と、著者の森さんの解析と叙述を高く評価する。
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