売上高約20兆円を超える巨大企業に成長したアマゾン。強引な振る舞いもあって「帝国」に擬せられるほどだが、版図拡大の動きはなお加速し続けている。そして、その攻勢に存亡の危機に立たされている企業も少なくない。玩具小売りの米トイザらスなどは危機を克服できず破産に追い込まれた。
本書『デス・バイ・アマゾン』(日本経済新聞出版社)は、これからのアマゾンの拡大戦略をつぶさにみる一方、それを迎え撃つ企業がカウンターとして準備しているサバイバル戦略を解説したビジネス書。バトルシーンのなかからは未来の消費社会の一端が見えてくる。一般消費者にとっても賢い買い物に役立つ一冊。
タイトルの「デス・バイ・アマゾン」は、アマゾンの成長が加速し始めた6年ほど前に設定された「アマゾン恐怖銘柄指数」の英語の別名。アマゾンの台頭によって窮地に追い込まれる可能性がある上場企業銘柄をグループにしてインデックス化したもので、米投資情報会社により設定された。
ECの分野でアマゾンとライバル関係にある小売りのウォルマート、書籍店チェーンのバーンズ・アンド・ノーブル、会員制量販店のコストコホールセール(コストコ)のほか、JCペニーやメーシーズなどの百貨店、ドラッグストアチェーン、スポーツ用品店チェーンなど計54社で構成されている。
アマゾンは2017年6月に有機野菜などをウリにしている高級スーパー、ホールフーズ・マーケットの買収を発表したが、この時、指数も、指数の銘柄も敏感に反応。ウォルマートの時価総額は1日で約170億ドルが消失。他の大手スーパーチェーンも軒並み株価が急落し、アマゾン恐怖銘柄指数は一時、時価総額ベースで320億ドルの下落に見舞われた。
ECで成長を続けたアマゾンが、リアル店舗のチェーンであるホールフーズを買収したことは意外感を持って受け取られたが、本拠地の米国ではリアル店舗展開を進めているという。もちろん、既存の小売店のようなビジネスを目指したものではなく、ECの会員制拡大や流通の拠点化などを視野に入れてのことだ。
アマゾンのスタートは書籍の通販だったが、初のリアル店舗にも書店を選んだ。15年11月、米シアトルに「アマゾン・ブックス」をオープン。そして17年になると、5月にニューヨーク・マンハッタン中心部にあるタイム・ワーナーセンターに、6月にはニュージャージー州に誕生させ、18年7月までに16店に拡大。今後もさらに新店をオープンさせるという。
アマゾン・ブックスは、ECサイトで収集したビッグデータを活用した陳列や在庫調整など随所にアマゾンならではの特徴がみられるが、アマゾンの狙いが単なる書籍販売ではない。それではあえてリアル店舗に進出するのはなぜかというと、その目的は顧客との関係を一層深めることと、会員サービス「アマゾン・プライム」の会員獲得だ。
たとえば店内で本の価格が表示されていないのもプロモーション策の一環。価格を知りたければ、本のバーコードを店内各所設置されているリーダーか、専用アプリをダウンロード済みのスマホでスキャンする。この仕組みは、プライム会員と一般客を差別化するためのもので、会員ならECサイトと同じ割引価格で購入できるが、非会員は定価でお買い求めをということ。会員になってもらうためにリアルな場でメリットをアピールし背中を一押ししようということだ。
アマゾンはさらに先進的なリアル店舗に挑戦している。16年12月にシアトルダウンタウンにオープンした「アマゾン・ゴー」がそれだ。当初はアマゾン従業員だけを対象にした「ベータ版」だったが、18年1月に誰でも利用できるようになった。
この店は「行列なし、精算なし」が特徴。客は事前にアマゾン・ゴー専用アプリをスマホにダウンロードし、自分のアマゾンのアカウントに支払い用のクレジットカードを登録する。入店時にアプリを起動しQRコードを表示させ、それを入口ゲートにかざして店内に入り買い物スタート。欲しい商品をバッグにいれてそのまま入ったゲートから店外に出て、同店でのショッピングは終了だ。商品のバーコードをスキャンする必要もない。しばらくすると電子メールでレシートが届く。店内は先端的テクノロジーによって開発されたカメラやセンサーで管理されているという。
アマゾン・ゴーは18年秋にシアトルにもう1店舗、さらにシカゴとサンフランシスコにオープンする計画という。しかし、アマゾン・ゴーを1店舗オープンさせるのには数百万ドルが必要といわれ、アマゾンはそれに見合うだけのものが得られるのか疑問が投げかけられているという。
本書は「採算を度外視している可能性」を指摘。「店内における顧客の行動データを捕捉できればそれでよいという考え」だ。ECサイトでは、買い物動向や商品について幅広くデータ収集を行っているアマゾンだが、実店舗でのデータ集めは一切実施されていない。「実店舗でもデータ収集ができれば、その商品の購入阻害要因(価格、デザインなど)を探る上で大きなヒントになりうる」という。また顧客のオンラインばかりかオフラインでの購買行動についてのデータが蓄積されれば、ECと同じような商品のおススメや、一般のスーパーや小売店ではなしえない「一人ひとりに異なる値引き」などが行われる可能性がある。
アマゾン・ゴーの発表に接して世界の流通・小売業者は、その対抗策を講じなければならないとばかり、レジなし店舗や無人店舗の実現に向け勢いを増しているという。「デス・バイ・アマゾン」構成企業の一つ、ウォルマートではアマゾン・ゴーと同じような仕組みの「スキャン&ゴー」を開発。テキサス、フロリダ両州の計10か所程度の店舗でまず導入され18年1月には100以上の店舗に拡大する計画が発表されている。
リアル店舗戦略を強化しているアマゾンだが、ECを合わせて、その主役はテクノロジーだ。その進化を頼りにECが不向きとされてきたファッションや家具などの市場でも侵食域を広げている。リアル店舗が主戦場である小売業者がサバイバルのためのキーワードとして重視しているのは「ショッピング・エクスペリエンス(購買体験)」という。つまり、店舗でしかできない買い物体験を提供しようということだ。
スポーツ用品のナイキは16年11月にフラグシップストアとなる大型店をニーヨークにオープンさせたが、同店は「ショッピング・エクスペリエンスを極限まで重視した『体験型店舗』の象徴といえるものだ」という。本物の約半分のサイズのバスケットボールコート、サッカーシューズのスパイクの感触を確認できる芝のグラウンド、実際に外を走っているように感じられるトレッドミルを備え、ナイキ認定のアスリートらと各スポーツのプレイができるプログラムもある。ニューヨークには数か月遅れで、ナイキのライバル企業、アディダスも体験重視の大型店をオープンさせた。
ECの進化から各地で閉店が相次いだ百貨店業界では、米ノードストロームの店舗戦略が注目を集めている。カリフォルニア州ウエストハリウッドの新店舗「ノードストローム・ローカル」。売り場面積は既存店の50分の1ほどの約280平方メートルほどで、商品在庫を一切持たず、顧客サービスに特化した。
店ではバーカウンターでスタイリストが相談にのり、予算に応じたアイテムの候補を選択。サンプルを自由に試着して気に入った商品があれば別の店をチェックして在庫があれば自宅に配送手続きとなる。
本書によると米国では既存店舗を閉鎖する一方、このノードストロームのように小型店舗として新たに生まれ変わらせる動きが流行の兆しを見せているという。17年に39店舗を閉鎖したカジュアルファッションブランド、アバクロンビー&フィッチは、小型店舗のプロトタイプを7店オープンし、16店舗のサイズを縮小して再生を図っている。
著者の城田真琴さんは、大手シンクタンクの上席研究員。専門は先端技術の動向調査、及び企業や社会への影響を含めた将来予測。総務省、経済産業省で、クラウドやITについのワーキンググループ委員を歴任している。著書に「クラウドの衝撃」「ビッグデータの衝撃」など。
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