「週刊朝日」(2018年4月13日号)の書評に「文学者と奔放な女性との情事」という煽情的な見出しで紹介されていたので手に取ったのが、本書『老愛小説』(論創社)だ。評者の小谷野敦氏(作家・比較文学者)は、「小谷野賞」という賞を個人的に運営しているそうで、その第2回受賞作が本書にも収められている「老愛小説」(「文學界」08年8月号)ということだ。ほかに「虹の記憶」「仮の宿」の2つの中編を収録しているが、3作に共通しているのは、主人公がフランス留学から帰国して大学の教師であること。艶っぽい女性と出会うことだ。
著者の古屋健三氏は、慶應義塾大学名誉教授で、スタンダールの翻訳者としても知られる。「三田文学」編集長を務めたこともあるが、あとがきによると、「定年退職したら、どこにも行かずだれにも会わず、閉じこもって小説を書いて過ごそうと決めていた。そうして心のなか深く潜り込んで、自分の赤裸々な姿を彫り出したいと思っていた」そうで、本書が最初の創作集となる(評論集、訳書は多数)。
もっとも心を惹かれたのが表題作の「老愛小説」だ。老境を迎えたフランス文学専攻の大学教授・草守が主人公。若いころ留学中のパリで、画家志望の日本人女性と知り合うが、首を吊って死なれるという悲痛な過去があった。
その後、京都の老舗旅館の娘だった妻・京子と結婚したが、いまになってもよく分からないところがあると自問する。東京に出てきてからは料亭でやとわれ女将をしている京子だが、妙に艶やかなところがある。草守が学部長候補になった時、その妻が水商売をしているという怪文書が流れ、立ち消えになったことも以前あった。
つとめを辞めた京子は母の死とともに、生家のある京都との絆が復活し、小学校の同級生の根川という男が東京の草守宅にも出入りするようになる。だが京子にも老いが近づく。旅館を継いでいた姉の死とともに、借金の清算のため生家は更地となる。京都を嫌い、東京に逃げてきた京子だが、戻るべき京都は......。
著者はあとがきに「自分の赤裸々な姿」と書いているが、これが私小説であってもなくても、そんなことはどうでもいいと思う。訳業で鍛えた見事な日本語。幻想風でありながら徹底したリアリズムの作風。芸者と結婚したために三田を追われた永井荷風を思い起こさせるような全体の手触り。10年前に発表された中編を編んで本にした版元の見識を高く評価したい。
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