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「60年安保」――どんどん遠くなる

評伝 島成郎

 島成郎(しま・しげお)という名前を記憶している人は多くないだろう。日本共産党から離れたグループが結成した政治党派のブント(共産主義者同盟)系全学連書記長として60年安保闘争を指揮し、国会包囲や突入など過激な戦術で名をはせたが、運動敗北後は政治活動から完全に退いて東大医学部に復学、精神科医の道を志した。長く沖縄で地域精神科医療に尽くし、2000年10月、胃がんで69歳の波乱に満ちた生涯を終えた。

 本書『評伝 島成郎』(筑摩書房)は、伝説的な人物として知られる島のおそらく初の評伝ではないか。

思想家の吉本隆明と家族ぐるみで親交

 著者佐藤幹夫氏は精神科医療に関心を持つジャーナリスト。自閉症裁判や高齢者医療について多くの著作がある。島の評伝を書くことになったのは、著者の若い家族が沖縄に住むことになって沖縄が急に身近になり、島が沖縄の地域精神科医療について書いたものを読むうち、その魅力にとりつかれたという。

 確かに魅力的な人のようだ。表紙になっている島の笑顔。これはもう60歳近くになって北海道釧路湿原近くの精神病院に赴任し、湿原に羽を休める丹頂ヅルを見に行ったときの写真だ。ツルを指差す島の笑顔が何とも人懐っこい。

 その交友も華麗だ。60年代後半からの「学園闘争」時代、教祖のように崇められた思想家の吉本隆明と家族ぐるみで親交があり、やはりブント仲間の藤本敏夫と獄中結婚した歌手の加藤登紀子とも交友があった。沖縄で診療に多忙な中、「(元首相の)細川護煕に会いに行く」と突然、上京したこともあったという。60年安保闘争の学生デモの国会突入の混乱で死亡した樺美智子とも親しく、安保闘争40周年の2000年6月の樺美智子追悼集会のときも死の直前で体調の悪いなか、発起人代表としてあいさつしている。

 「一身にして二生を経るが如し」というのは福沢諭吉が『文明論の概略』で書いた言葉だそうだが、筆者は「二つの仕事とも常人をはるかに超えた役割を担い、見事に果たしきった」と称賛する。

地域医療の組織化にも才能を発揮

 本書はその過程を当時、島と一緒に仕事をした関係者を訪ね歩き、証言を得る。島の話を聞きたいと言うだけで、多くの人が集まってさまざまな話を聞かせてくれたという。学生運動の組織だけでなく、こうしたネットワークを組織していく上でも天性の才能が発揮されたようだ。

 島は大酒飲みで、関係者を集めた勉強会の後には2次会にまわって、「飲むほどにますます談論風発。酔い始めると靴を脱ぎ、やがて靴下も脱いで店内を歩き回り、知らない人にもお構いなしに話しかけてはあっという間に旧知の友人のようになった」という。勉強会ではなく、2次会目当てに集まった人も多かったようだ。とくに女性に人気があったといいうので、男たちからは羨ましがられたはずだ。もちろん歓迎されるばかりではなかった。だが、島には会う人を最初から虜にするような人間的な魅力があったようだ。

 表紙だけでなく、本書に挿入されている写真も貴重なものばかりだ。1962年当時、東京・杉並の自宅アパートに吉本隆明の家族や思想家の村上一郎らと一緒に写った写真も時代を物語るものだろう。こうした写真は多くが博子夫人の提供になるもので、関わりのあった人たちに島が鮮烈な印象を残していることがよく伝わってくる。

 島は20世紀の終わり、2000年10月に胃がんで他界する。それまでも健康を顧みない生活から入退院を繰り返し、心臓のバイパス手術もしていた。

東大復学を支えた医学部長ら恩師

 本書では二生を経た島の学生運動活動家としての軌跡と沖縄や北海道で地域医療に携わった精神科医としての足跡が交互に記述される。60年代の学生運動の高揚とともに生きた前半生、その後運動からは身を引き、地域精神科医療に献身し、苦闘した後半生。博多での講演中に倒れたが、没したのは自宅のある沖縄県名護市だった。

 本書は多くの人に愛された島の一生を記す中で、島の東大復学と精神科医としての道を支援した2人の恩師と島の関係についても詳述する。一人は東大医学部の精神科教授だった秋元波留夫、もうひとりは東大医学部長として復学を支援した吉田富三(高名な病理学者)。島はこの2人の好意や支援を終生、忘れなかったようだ。人に恵まれた強運の人でもあった。構成はもう少し整理された方がわかりやすかったと思うが、島という多面的でスケールの大きな人物の全貌を紹介しようと試みた労作だ。

 そういえば60年安保世代は、全学連委員長だった唐牛健太郎をはじめ、のちに学者として活躍した青木昌彦、西部邁など「二生」を生きた人物が多い。

 唐牛については『唐牛伝 敗者の戦後漂流』(佐野眞一著)が2016年に小学館から出た。青木は15年、西部は先ごろ亡くなった。6月15日という安保闘争の記念日が近いが、「60年安保」はどんどん遠くなっている。(敬称略)

BOOKウォッチ編集部 レオナルド)
  • 書名 評伝 島成郎
  • サブタイトルブントから沖縄へ、心病む人びとのなかへ
  • 監修・編集・著者名佐藤幹夫(著)
  • 出版社名筑摩書房
  • 出版年月日2018年3月20日
  • 定価本体2600円+税
  • 判型・ページ数B6判・351ページ
  • ISBN9784480818461

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