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どうやって作ったの!? "極小活字"の職人技にびっくり【マンガでひらく歴史の扉 13後編】

本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~第一部 「本がないなら作ればいい! 1」

 本好きの22歳が、本のない世界の5歳児になった......。そんな"異世界転生"から始まる『本好きの下剋上』(TOブックス)。原作はWeb小説で、マンガ化・アニメ化もされている。

 アジア最大級の東洋学研究図書館・東洋文庫学芸員の篠木さんも、この作品のファンの一人。主人公・マインは本を作るために、前世で得た知識をフル活用してさまざまな印刷方法を試すが、小説やマンガだけでは道具や仕組みがわかりづらいところもあるという。

 実物を見て確かめたい! ということで、東京都文京区の印刷博物館にお邪魔することに。前編では、マインも参考にした世界最古の活版印刷機を見学した。後編はいよいよ、活版印刷体験へ!

前編はこちら→<『本好きの下剋上』マインがお手本にした印刷機に会いに行く!【マンガでひらく歴史の扉 13前編】

案内してくれた印刷博物館学芸員・石橋圭一さん(左)と、篠木さん
案内してくれた印刷博物館学芸員・石橋圭一さん(左)と、篠木さん

ジブリにも登場するあの印刷法

 印刷体験の前に、篠木さんが特にわからなかったというガリ版印刷の仕組みを見てみることに。『本好きの下剋上』では、神官長の似顔絵をガリ版で印刷して売るというエピソードがある。

篠木さん:ジブリ映画『コクリコ坂から』にも新聞部の印刷作業で出てきますが、その時も仕組みがよくわからなかったんです。

 ガリ版は通称で、正式には「謄写(とうしゃ)版」と呼ぶ。

石橋さん:Tシャツプリントに使われるシルクスクリーンなど、孔版印刷の仲間ですね。1960~70年代には、学校でのプリント作成などにも一般的に使われていました。
展示されている謄写版印刷器
展示されている謄写版印刷器

 印刷するにはまず、ロウを引いた薄い紙(ロウ原紙)をヤスリ盤の上にのせ、鉄筆でロウを削って文字や絵を書く。下の画像の白いところが削った穴だ。このロウ原紙が版になる。

解説映像の一部
解説映像の一部
篠木さん:印刷する時、紙は版の下に敷くんですか?

石橋さん:そうです。下に紙を敷いて、その上に版を重ねて、その上からインクを塗って浸透させます。ロウが削られている部分だけインクが版を通って、下の紙に印刷されるという仕組みです。

 ほとんどの印刷方法は版にインクを塗って紙に押しつけて転写するというやり方ですが、謄写版は他の印刷とは大きく違っています。

篠木さん:なるほど! やっと仕組みがわかりました。

 1980年代に流行した家庭用印刷機「プリントゴッコ」も、鉄筆ではなく赤外線で穴を開けるが同じような仕組み。この方法だと左右反転した版を作る必要がなく、見たままを印刷できるので、個人の印刷に便利だ。

篠木:プリントゴッコ、うちにもありましたよ。機械が熱くなるので子どもは触っちゃダメだと遠くにやられてました(笑)。

印刷体験へGO!

 では、いよいよ印刷工房へ。体験させてもらったのはイギリス生まれの「アダナ印刷機」だ。家庭用として、グリーティングカードや招待状を印刷するのに使われている活版印刷機だ。

工房のアダナ印刷機
工房のアダナ印刷機

 体験で印刷する台紙は季節によって変わる。体験時(10月半ば)は、読書の秋ということで栞だった。夏にはコースター、冬にはグリーティングカードなどを作るとのこと。

篠木さん:全部作りたくなっちゃいますね~。

 印刷機と活字セットが揃った台の前に案内されて、準備万端。

ドキドキ!
ドキドキ!

 目の前には、びっしりと活字が並んでいる。よく使われる文字はインクで黒くなっていてわかりやすい。

ひらがなの鉛活字
ひらがなの鉛活字

 この活字を、台に置かれた「ステッキ」という道具に入れていく。下の画像の、黄色の容器が「ステッキ」。木製の箱に入っている細長い金属が、行間となる「インテル」。青いケースに入っているのが空白文字の「クワタ」だ。

ステッキ、インテル、クワタ
ステッキ、インテル、クワタ

 ちなみに、ステッキは「composing stick」の「stick」から、インテルは「interline-leads」の略、クワタは「quadrat」というふうに、いずれも英語が日本語風になまった用語だ。活字の側面には字の向きを判別する溝「ネッキ」がついているが、こちらも「nick」がなまった呼び名。

篠木さん:マインちゃんも「ステッキやインテルも作らなきゃ」と道具の説明をしていましたが、ようやく具体的にわかりました。

 活字を並べるのは細かい作業だ。鉛は軟らかく欠けやすいので、指の腹で慎重につまんで、一文字ずつ入れていく。

慎重に......
慎重に......

 並べ終わったら工房の職員さんに固定してもらい、印刷機にセットして、いよいよ印刷へ。レバーを下ろすとローラーがインクを拾い、組版にインクを塗る。2回インクを塗ったら、3回目でグッとレバーを下ろして紙を版に押しつけ、印刷!

緊張の瞬間
緊張の瞬間

 レバーを上げると......こんなオシャレな仕上がりに!

もともと印刷してあるイラストとぴったり
もともと印刷してあるイラストとぴったり

 インクが完全に乾くまでは約24時間かかるそうだ。紙にはさんで封筒に入れてもらい、そっとバッグへ。

この活字、何に使うの?

 工房の奥には活字がぎっしりと並んだ棚が。かつての職人たちは、このような部屋で活字を拾う作業をしていた。

どこを見ても活字、活字、活字
どこを見ても活字、活字、活字

 棚には、よく使う文字が目線の高さに近くなるように並べてある。端のほうへ行くと、見たこともないような難しい漢字が。

篠木さん:小さすぎる! 細かすぎる! すごい!
こんなのどうやって作ったんだ!
こんなのどうやって作ったんだ!

 しかし驚くにはまだ早かった。なんと、読むのがやっとなほどの極小文字まである。

み、見えない......
み、見えない......

 「こんな小さいの何に使うんですか!?」と驚く篠木さんだったが、こちらはルビ用だそう。ここまで細かい加工をほどこす技が必要不可欠だったのだ。

 小さい文字を作るには金属活字が向いていて、反対に、大きい文字には木活字が向いているそう。大きいほうが作るのが簡単かと思いきや......。

石橋さん:木活字は平らにするのが大変なんですよ。

篠木さん:そうか、高さが均一なんですね!
オシャレな木活字にも職人技が
オシャレな木活字にも職人技が
石橋さん:インクを綺麗にのせるために、高さの均一さは印刷でとても重要です。これも職人技ですよね。手書きよりも楽になった部分もある半面、綺麗に印刷しようとすると道具をシビアに作らなくてはいけません。

印刷の次は...

 印刷機は、産業革命期の19世紀頃、一度に大量に刷ることができる「輪転印刷機」に形を変える。さらに、1行分の母型に一度に鉛を流し込んで版を作る「ライノタイプ」や、「鑽孔テープ」の穴の位置で文字を識別し、活字を鋳造しながら並べる「モノタイプ」といった道具が発明される。

 しかし、DTP(コンピューター上での組版)が登場する20世紀後半までは、活字を使って版を組むという工程が必須だった。グーテンベルクの発明から実に約500年間、活版印刷は変わらない仕組みで、主流な印刷方法として使われ続けたのだ。

篠木さん:500年間も! デジタル化以降、どんなに速く技術革新が進んでいるかがよくわかりますね。

 展示室には、ボタンを押すと動く歴代印刷機のミニチュアが。人形がレバーを回したり、ロールペーパーがくるくる回ったり。「これ楽しい!」と童心に返る篠木さん。

ミニチュアに夢中
ミニチュアに夢中

 今回、見学してみた感想は?

篠木さん:作品も印刷史も解像度が上がりました。マンガを読んでいて疑問に思っていたこともわかりましたし、これまで印刷博物館には何度か来たことがあったんですが、『本好きの下剋上』を読んでから訪れるとより知識を吸収できました。ディテールを知って、新たに知りたいポイントも出てきました!

 『本好きの下剋上』には、印刷技術以外にも気になるポイントがあるそうで......。

篠木さん:マインちゃんは印刷に熱心ですが、製本には凝らないんですよ。ヨーロッパ風の世界観で、芸術的な豪華本はもともとあるんですが、マインちゃんが作る本は貴族・平民問わず安価に流通させるのが一番の目的なので、ずっと和書のような四つ目綴じなんです。豪華な表紙をつけたかったら、購入後に好みの製本をしてくれというスタンスですね。現実でも、本の表紙は基本的に購入者が改めて依頼し、再製本されてきました。20世紀になってようやく、表紙まで機械製本ができるようになり、安価なハードカバー本が売り出されるようになります。
四つ目綴じの本。『本好きの下剋上』では、マインの後見人・フェルディナンドに「芸術性が低い」とダメ出しされてしまう(東洋文庫提供)
四つ目綴じの本。『本好きの下剋上』では、マインの後見人・フェルディナンドに「芸術性が低い」とダメ出しされてしまう(東洋文庫提供)
篠木さん:ただ挿絵を見ると、あの世界の豪華本は現在のハードカバー本の構造をしているようなんですよ。長くなるので機会があったらお話ししたいところですが、もしかしたら、マインちゃんよりも前に転生した現代人が製本しているのかも(笑)。

 Web小説版は完結済みだが、まだまだ探究できるところがたくさんありそうだ。


〈印刷博物館〉
東京都文京区水道にある、印刷に関する博物館。2000年に凸版印刷が設立。印刷が人々の生活や文化に果たした役割を、主に展示を通じて広く公開している。
〈東洋文庫〉
1924年に三菱第3代当主岩崎久彌氏が設立した、東洋学分野での日本最古・最大の研究図書館。国宝5点、重要文化財7点を含む約100万冊を収蔵している。専任研究員は約120名(職員含む)で、歴史・文化研究および資料研究をおこなっている。

※撮影:東洋文庫、BOOKウォッチ編集部


   
  • 書名 本好きの下剋上~司書になるためには手段を選んでいられません~第一部 「本がないなら作ればいい! 1」
  • 監修・編集・著者名原作:香月美夜、マンガ:鈴華、イラスト原案:椎名優
  • 出版社名TOブックス
  • 出版年月日2016年6月25日
  • 定価616円(税込)
  • 判型・ページ数156ページ
  • ISBN9784864724951

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