『地図と拳』(集英社)で直木賞と山田風太郎賞を受賞、『君のクイズ』(朝日新聞出版)が本屋大賞にノミネートされ、今最も注目されている小説家の一人、小川哲(さとし)さん。2023年10月18日発売の最新短編集『君が手にするはずだった黄金について』(新潮社)は、収録されている6編全て、小川さん自身が主人公という設定だ。
挑んだのは「小説とは何か」という問い。就活中にひょんなことから小説を書き始める「プロローグ」に始まり、小説家の目で6つの出来事を描いて迫ろうとしたものとは。執筆の背景を小川さんにうかがった。
――本作はご自身が主人公とのことですが、実際に経験されたことはどのくらい含まれているのでしょうか。
それは、読んだ方に考えて判断していただければ。僕にとってもどれが事実でどれが嘘なのかは言い切れないんですよね。いくつかの出来事を混ぜたり、複数の人をモデルに一人の人物を書いていたりもしますし。事実だけを書こうとしても、ちょっとずつフィクションが混ざってくるものじゃないですか。
ただ、僕の内側にあるものから書いた話ではあります。『地図と拳』や『君のクイズ』は取材して書きましたが、今回はほとんど取材をしていません。特に6編目の「受賞エッセイ」はほぼ事実です。山本周五郎賞を受賞した時のエッセイをもとに書きました。あとは、高校からの友人たちの雰囲気もかなりリアルに近いですね。
――登場人物が個性豊かですよね。「君が手にするはずだった黄金について」のトレーダーになった同級生・片桐、「偽物」の偽ロレックスを巻いたマンガ家・ババリュージは、『君のクイズ』のライバル・本庄絆の食えない人物像と重なる気がしました。彼らのように、何を考えているのかわからない人物に惹かれますか?
自分と違う人というか、一見して理解ができない人物を見て「どうしてそんなことするんだろう」「どういう考え方なんだろう」と想像するところから着想することが多いので、僕が小説を書く根源となっているような人間かもしれないですね。
単なる嫌なやつとして書くのではなくて、なんで僕がこういうやつを嫌だと思うんだろうと考えると、実は自分も似たような部分を持っているかもしれないなとか。ひょっとしたら僕もこうなっていたかもしれない......というふうに考えて書いています。もしかしたら読者の方の中には「まさに俺だ」と思う方もいるかもしれないですし(笑)。
――「いい人」にはあまり興味がない?
いや、それは関係ないです。僕はすごい善人とされている人も「そんなわけないだろ」と思いながら見ています(笑)。悪いやつもいいやつも同じ人間だから。ある意味フェアというか。だからすごくいいやつも僕は興味ありますよ。どこまでもいいやつなわけないから、「なんでいいやつのふりをしているんだろう」と思って観察しています。
絶対に炎上するんで名前は出せないんですが、実は今注目している著名な「いいやつ」が2人います。僕の理論では、彼らは「好感度に取りつかれたバケモノ」なんですよ。
天下を獲る人物って、究極の目標がお金じゃないんですよね。何かを集めることが快感なんですよ。有名な話だと、ウォーレン・バフェットは自分ではほとんどお金を使わなくて、預金通帳の桁が増えていくのが喜びなんですって。ビル・ゲイツとかイーロン・マスクとかもきっとそうで、お金目当てだったらとっくにリタイアしているはずです。
僕が注目している2人も「好感度を集めることに喜びを感じているんじゃないか」という仮説を立てています。片方はちょっとずつボロが出ていて気づいている人は気づいているみたいですが、もう片方はなかなか手ごわい......。もしかしたら今後、彼らをモデルにした小説を書くかもしれません。
――これまでSF、歴史、ミステリーなどさまざまなジャンルとテーマで書かれてきた小川さんですが、ついに「小説とは何か」というテーマに挑まれました。
結局、今までのどの作品でも、他のモチーフを通して「小説とは何か」を書いてきたんだと思っています。僕がわかるのは小説のことだけなので。今回はそれをダイレクトに考えようとチャレンジしたわけです。
――どの作品でも嘘やインチキが印象的で、「小説家=嘘つき」と捉えていらっしゃるのかなと思いました。しかも嘘をついたことで何かを失ってしまうなど、決して後味がいいとは言えない話ばかりです。それでも小説を書こうとするのはなぜでしょうか。
逆に、この登場人物たちのようにむちゃくちゃなことになりそうでも、僕には小説があるから生きていけているというか。小説が僕を助けてくれていると感じています。もしかしたら、小説がなかったら僕も片桐やババみたいになっていたかもしれません。「プロローグ」で恋人と別れてしまうのも、僕にとって恋人よりも小説のほうが大事だったからですよね。
この作品を書いている最中にも、「小説を書くこと以外に、僕が楽しく日々の生活を送りながら過ごす手段はなかったんだな」と実感しました。もし他の仕事をしていたら、こんなに陽気に生きていられなかっただろうな。そういった意味では天職なんじゃないでしょうか。
――「受賞エッセイ」では、小説家の仕事を「自分がとんでもない詐欺をしているような気分」と書いていますが......。
それもわりといつも感じていることですね。詐欺と思ってるくらいが仕事としてはちょうどいいんじゃないですか。必死こいて歯食いしばってお金稼ぐのももちろん大事なことなんですけど、「こんなに楽しくてお金もらえちゃうんだ」と思えるのが一番向いてる仕事なのかもしれないですよね。もちろん、手を抜いて小説を書いてるわけでは全くないですよ。でも、詐欺してるくらいの気持ちでやれてるのは幸運な状態だと思います。
――詐欺といえば、「小説家の鏡」では占い師を詐欺師だと一刀両断していました。
占い師は大嫌いです。でも、よく考えたら自分も似たようなことやってるな......とは思います。小説の著者と読者の関係って、占い師と客の関係にかなり近いと思うんです。セッションをしているような、個人的な関係というか。だから「小説家の鏡」には自戒も込めています。でも、占い師はダメですよ。
――どうしてそんなに占い師が嫌いなんですか?
要は占い師って、来た人が欲しがっている言葉を見つけて言うプロなんですよね。占いと見せかけて、相手の欲望を利用してお金を稼いでいるんですよ。そこに僕は腹が立つんです。「欲望盗み屋」とか、「あなたの欲しがってる言葉言います屋」とかだったら別にいいんですよ。でも彼らはあたかもそれが星の巡りとかでわかるふりをするんですよね。まあ占い師も人によるんでしょうけど。
欲望という言葉は悪い意味で使われがちですけど、本来はいいとか悪いとかで判断するものではなくて、人を駆動させるエネルギーだと思います。「君が手にするはずだった黄金について」の片桐を通して描いているテーマの一つが承認欲求ですが、これも欲望の一種ですよね。承認欲求も、ないと人間が生きていけないものだと僕は思います。占い師は、そういう人間にとって必要なものを利用してお金に換えているから許せないんですよ。
――小説家はそうではない?
小説家もそうです(笑)。僕もみなさんの欲望を利用してお金を稼いでいます。ただ小説の場合、誰もが嘘だとわかっていて、欲しい言葉を書いてくれていると思って読んでいるじゃないですか。嘘をあたかも本当のことのように言っている占い師とは、そこが違う、ということにしておいてください。
――なるほど(笑)。では最後に、この6編を書き終えた今、改めて「小説とは何か」と問われたらどう答えますか。
うーん、書けば書くほどわからなくなりますね......。僕にとっての小説はもう、「カルマ」ですね。読者としても作者としても、良くも悪くも逃げられないというか。時間もお金も集中力も要求してくるし、わがままな子どもみたいな感じで、だからこそ目が離せないというか。小説とは何なのか、とことん考えようと思ってこの作品を書いたので、あとはぜひ読んでください。
■小川哲さんプロフィール
おがわ・さとし/1986年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年、「ユートロニカのこちら側」で第3回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞しデビュー。2017年刊行の『ゲームの王国』で第31回山本周五郎賞、第38回日本SF大賞を受賞。2019年刊行の短篇集『嘘と正典』は第162回直木三十五賞候補となった。2022年刊行の『地図と拳』で第13回山田風太郎賞、第168回直木三十五賞を受賞。同年刊行の『君のクイズ』は第76回日本推理作家協会賞〈長編および連作短編集部門〉を受賞している。
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