「人生経験が多いのも、悪くない。年上女子と年下男子のあられもない素敵な世界。」という帯に、思わず目が吸い寄せられた。何やら危険な香りがして、興味を掻き立てられる。
森美樹さんの『わたしのいけない世界』(祥伝社)は、12歳から50歳までの「"欲"に目覚めた女たち」が登場する連作短編集。『主婦病』『私の裸』『母親病』など、森さんの作品のタイトルはドキッとさせられるものが多い。これまで女性の本質を描いてきた森さんが、欲深い女たちの「素敵な世界」に読者を誘う。
15年前、小学6年生の女の子が小学1年生の男の子と過ごした「禁断の三日間」が、物語の起点となっている。15年前に何があったのか。現在ふたりはどんな大人になっているのか。もしも再会したらどうなるのか――。
「ある日、犬の散歩をしていた小学六年生の志摩佳月(しま かづき)は、虐待の痕がのこる小学一年生の明日見柊(あすみ しゅう)を拾う。秘密の場所に柊をかくまった佳月は、お世話をするうち、恍惚にも近い感覚を覚える。ところが三日目、監禁の発見におびえた佳月はやむなく柊を解放。同じころ、柊の父親が行方不明になる。」
「禁断の三日間」の15年後。
山守恵真(やまもり えま)、37歳。彼の浮気が原因で、結婚が破談になった。現在無職。ある日コンビニに行くと、思わずじっと見てしまうほど魅惑的な女性がいた。「......あの、何か?」「お綺麗だなと思って」というやりとりから会話が始まった。彼女の名前は志摩佳月。年齢は27歳。ライターをしているといい、恵真にアシスタントになってほしいと依頼してきた。
恵真が佳月の自宅を訪ねると、「本がないの。隠しておいたはずなんだけど」と彼女は言った。22歳の新人作家・柊朱鳥(ひいらぎ あすか)の『わたしのいけない世界』という小説で、なぜかそれはゴミ捨て場から見つかった。「夫が捨てたのよ」と笑い、犬のぬいぐるみを床に叩きつけ、何度も踏みつける佳月。「どこまで私に執着するのかしら」
「本当に求めるものって、案外、不純な好奇心からくるんだと思うの。不純な好奇心というか、純粋な欲望っていうのかしら(中略)でももしかしたら、それが魂の本音かもしれないわね」
佳月はなぜ柊朱鳥の本を隠したのか。なぜ夫がそれを捨てたと確信しているのか。彼女には深入りしてはいけない何かがありそうな気がして、恵真はこわくなった――。
同じ頃、恵真は無職者限定サイトで知り合った7歳下の須和(すわ)という男性に惹かれていた。均整がとれていて生々しさのない彼に、恵真の中の「女の部分」が反応した。隙のない心に亀裂をつくりたい、この男を汚したくてたまらない、という欲求に駆られていた。
「きれいごとではない、ほしいかほしくないか、それだけだ。」
本書は「アルバローズの床」「わたしのいけない世界」「明るいひかげ」「わたしの素敵な世界」の構成。1編目では恵真が出会うかたちで15年後の佳月が、2編目では「禁断の三日間」をともに過ごした15年前の佳月と柊が描かれている。そこから15年の時を経て、佳月と柊は再会する――。
佳月はとらえどころがなく(実際に特殊な事情を抱えている)、それが魅力でもあるのだが、恵真は引いて距離を置こうとする。一方、そんな恵真の中にもおおっぴらにできない秘部があり、須和を猛烈に求めて自分のものにしようとしている。他人には冷静なのに、自分は情熱がほとばしっている。このちぐはぐな感じが人間らしいな、と共感した。
ここで、作中作である柊朱鳥の小説の中身に触れておこう。テーマは虐待。帯に「十五年前、わたしは監禁されました」というコピーがついている。そこには、わがままで強欲で、ほしいものは必ず手に入れる女が描かれている。
「女の子は十二歳で、すでに女でした。男の子は七歳で、人生に疲れていました。『私、あなたを好きにしたいの』女の子は男の子に言いました。(中略)けれど女の子は有無を言わさず、強引に男の子を宝箱に閉じ込めました。男の子にとって、そこは狭くて薄暗い、たったひとつの世界になりました。」
女の子は佳月に、男の子は柊に重なるが、作者である柊朱鳥の真意はいかに――。
全体に靄がかかったような怪しげな雰囲気が漂っていて、この独特の世界観が癖になる。どのくらい「あられもない」のだろうかと想像(期待)しながら、登場人物たちの「いけない世界」を覗き見しているようで、ぞくぞくしっぱなしだった。
早熟と言われようが、いい年してと言われようが、私のいけない世界は素敵な世界なのだと胸を張る女たち。やっていることは正しくないかもしれない。ただ、人間の内なる情熱や欲望は、正誤や善悪のモノサシでピシッと測れるものではないだろう。それらをほどほどに抑え込んでいる蓋が、自分だって何かの拍子にはずれて中身が溢れ出てくるかもしれない。きっと誰の中にもある、いけない、でも素敵な世界。読みながら、自分の中のそれを探索してみたくなった。
■森美樹さんプロフィール
もり・みき/1970年、埼玉県生まれ。1995年、少女小説家としてデビュー。2013年、「朝凪」(「まばたきがスイッチ」と改題)で、R-18文学賞読者賞を受賞。主な著書に、受賞作を収録した『主婦病』のほか、『私の裸』『母親病』『神様たち』など。アンソロジーに『黒い結婚 白い結婚』がある。
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