東京都駒込にある、世界最大級の東洋学研究図書館「東洋文庫」のマンガ大好き学芸員・篠木由喜さんが、イチオシ作品の学芸員的読み方を紹介してくれるシリーズ「マンガでひらく歴史の扉」。
今回は、同じく学芸員の児玉真起子さんと一緒に、少女マンガの金字塔『ベルサイユのばら』(集英社)を開いて、主人公の一人オスカルの痺れるかっこよさから、18世紀フランスの驚きの生活習慣までを教えてくれた。
【児玉真起子さんプロフィール】
東洋文庫学芸員。イラストレーター。趣味は博物館めぐり、映画・ドラマ・アニメ鑑賞など。好きな漫画は『僕のヒーローアカデミア』『封神演義』『幽☆遊☆白書』『女の園の星』など多数。
『ベルばら』の略称で親しまれ、発表当時の1970年代には社会現象にもなり、今も読み継がれている『ベルサイユのばら』。フランス革命前夜を舞台に、オーストリア皇女として生まれフランス王妃となったマリー・アントワネット、スウェーデン貴族のハンス・アクセル・フォン・フェルゼン(実在の人物は「フェルセン」)、マリーの護衛を務める男装の騎士オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェの3人を中心とした人間模様を描いている。
篠木さん:ちなみに私は高校生の時にハマり、宝塚版も観劇しました。「フェルゼンとマリー編」だったのですが、マリー・アントワネットの可憐でかわいらしいこと......。
「マリー・アントワネット」と聞くと、『ベルばら』の姿をイメージする人も多いのではないだろうか。
児玉さん:マリーは可愛いんだけど世間知らずなんですよね。14歳で嫁いできて、まだ子どもなんです。ベルサイユでは礼儀作法が厳格に定められているのですが、自由でいたいマリーはストレスが溜まってしまいます。周囲からの重圧や寂しさもあり、賭博をやったりファッションに凝ったり......。お金をどんどん使ってしまって、誰もなかなかそれを止められなかったんです。
マリーが嫁いだ時点で、そもそも当時のフランスにはあまりお金がなかったと言われています。そこにマリーの浪費などが重なって、市民たちの不満が溜まり、憎しみが全部マリーに向いちゃったんですね。外国から来たというのもあって。
このマンガのマリーは無知で浪費家ではありますが、全編を通して、王妃として、また子どもを産んでからは母としてのプライドを守る、強い一面もあります。
オスカルをはじめとしたオリジナルキャラクターも登場し、マンガにする上での脚色はありつつ、歴史の大きな流れは変えていない。初めてフランス革命を学びたい人にもおすすめだそうだ。
男装の麗人オスカルにも、実はモデルがいるそう。ピエール・ユランという軍人(男性)で、フランス革命のはじまりであるバスティーユ襲撃では、民衆の側に立って活躍した。作者の池田理代子さんは、男性をどう描けばいいのかわからず、女性という設定にしたのだという。(※1)
児玉さん:オスカルは貴族ですが、平民にふれ合う機会が多く、その貧しさを目の当たりにしたり、平民の思いを聞いたりすることで考えを変えていきます。たとえば、下町で暮らすロザリーという娘に出してもらったスープに野菜のきれはししか入っておらず、普段の自分の食事とあまりに違って衝撃を受けたり。そして、最終的には市民とともに貴族と戦います。
オスカルは責任感があって仲間思いで、とにかくかっこいいんです! 私が特に好きなのは、僧侶・貴族・平民の各代表が参加する議会で、貴族たちが平民議員を追い払おうとしたとき、「平民議員に手を出すというのなら、私を撃て!」と平民議員をかばうシーンです。イケメンすぎる......!
マリー・アントワネットは、とにかく肌が綺麗だったと言われている。『ベルばら』にも、「ミルクに紅バラの花びらをうかべたような」「比類を絶する美しい肌」という表現が。
児玉さん:貴族たちは、庶民のように太陽の下で働いていないことをアピールするために、とにかく肌の白さを求めました。でも、当時のおしろいは鉛からできていて、ものすごく体に悪かったんです。それを、白さのために塗りたくっていたんですよ。おしろいの成分で肌がボロボロになって、そこにまたおしろいを重ねていく......。でも、マリーはもともと肌が綺麗だったので、そんなにおしろいを塗っていなかったようです。
篠木さん:当時、化粧水にヒ素も使っていたこともあるみたいですよ。
児玉さん:え、ヒ素!?
篠木さん:ヒ素にはメラニンの生成を抑制する働きがあるとかで、つけ続けると真っ白になったそうです。ヒ素は病気の治療に用いられてきた歴史もありますが、長期間肌につけ続けると中毒症状が出てきてしまう。こわいですね。
さらに驚きなのは、衛生面だ。
児玉さん:当時のフランスの人は、お風呂に全然入らなかったんです。水を浴びると毛穴から菌が入ってくると信じていて、王と王妃は香水で体を拭いていたという話も。
篠木さん:ものすごくくさそうだけど、水の危険性に関しては一理ありますね。当時の水は不衛生で、感染症の原因になっていたところもあるから。
児玉さん:まさに、ペストの流行をきっかけに水への恐怖が芽生えたそうですよ。
篠木さん:ペストは19世紀末になって、ネズミを吸血したノミを媒介して感染することがわかりましたが、ペスト以外で考えてもやっぱり浄水でないとお腹壊したりしますしね。
児玉さん:マリーに戻ってみると、オーストリアには入浴の習慣があったから、マリーはフランスでもお風呂に入っていたみたいで、自分の宮殿に浴室を持っていました。王族で特にひどいのは、先々代の王ルイ14世ですね。年に一度しか身体を洗わなくて、顔も洗わなかったらしく......。
篠木さん:当時のフランスの暮らしについて話すと、どうしてもくさい話になっちゃいますね(笑)。『ベルばら』はバラのいい香りがすると思って読んでいたいものです。
さらに、パリといえばファッションの都。当時の女性たちのドレスの着こなしは、豊かさをアピールしたり、位の高い人の真似をして気に入られようとしたりと、権力争いの一環でもあった。コルセットで締めつけるスタイルが特徴的だが、児玉さんが好きだという木原敏江さんのマンガ『アンジェリク』(秋田書店)では、なんとウエストがたった40cmの人もいたというエピソードも。
また18世紀フランスのドレスといえば、大きくふくらんだスカートだ。篠木さんにはある"実体験"が......。
篠木さん:ロンドンへ出張に行ったとき、ヴィクトリア&アルバート博物館でパニエをつける体験をしたんですが、とても大変でしたね。急に自分の幅が広がって距離感がわからなくて、あっちこっちにゴン! ゴン! って(笑)。
篠木さんも、18世紀のフランスを描いたおすすめのマンガを紹介してくれた。みやのはるさんの『La maquilleuse(ラ・マキユーズ) ヴェルサイユの化粧師』(KADOKAWA)だ。化粧品の開発部に勤めるアラサー日本人女子が、ルイ15世の時代にタイムスリップして大活躍する。
篠木さん:主人公は、当時のパリの女性たちが年齢よりも老けて見えることに驚き、これは紫外線を防ぐ手立てがないことによる肌へのダメージが原因だと気づきます。シミやシワを隠すコンシーラー、ファンデーションなどを使うことでそれらを美しく隠す技術を披露し、「東洋の魔法」と言われてもてはやされます。やっぱり、タイムスリップするときに持つべきものは科学知識ですね。私は、理科はさっぱりダメだから生き残れなそう......。まだオーストリアにいる幼少期のマリーも、少しだけ出てきますよ。つい先日完結したので、おすすめです。
東洋文庫ミュージアムで2023年5月31日から始まる「東洋の医・健・美」展では、日本や中国など東洋の国の美容にまつわる史料を見ることができる。フランスの美の文化と比較してみるのも面白そうだ。
篠木さん:日本でも、古くから顔はおしろいで真っ白にするのが主流でした。照明がろうそくの灯かりしかなかったので、暗い部屋でも顔が見えるようにという意味が大きかったようです。
ほかにも、日本人は眉毛を剃って、額に美しい眉を描くという化粧をしていました。眉の描き方で1冊の本が書かれるくらい重要ポイントだったんです。この『粧眉作口伝』という書物ですが、可愛らしいので是非ご覧いただきたいです。「東洋の医・健・美」展にて展示します!
さらに、東洋文庫に併設されている「Orient Café(オリエント・カフェ)」には、マリーが所蔵していた本をモチーフにした1日10食限定のランチメニュー「マリーアントワネット」がある。ミュージアムを訪れた際には、ぜひカフェでマリーに思いを馳せてみては。
【BOOKウォッチ読者特別特典】
2023年6月30日までの期間限定で、東洋文庫ミュージアムに通常料金の20%OFFで入場いただけます。この画面を表示、もしくはプリントアウトして受付でお見せください。
一般 900円→720円
65歳以上 800円→640円
大学生 700円→560円
高校生 600円→480円
障がい者 350円→280円
(中学生以下の入場は無料です)
※他の割引との併用はできません。
「東洋の医・健・美」展
【会期】2023年5月31日~9月18日
みなさま、日々健やかにお過ごしですか。身体に痛いところはありませんか。昔より風邪が治りにくくなった、漠然とした病気への恐怖に日々怯えている、そんなことはありませんか。
本展では、古来アジアの人々がどのように、不調や怪我、病気と向き合ってきたのかを、東洋文庫が所蔵する医療史の名著でたどります。この企画展が、あなたの知的好奇心を満たすサプリメントのようになれば嬉しいです。
〈東洋文庫〉
1924年に三菱第3代当主岩崎久彌氏が設立した、東洋学分野での日本最古・最大の研究図書館。国宝5点、重要文化財7点を含む約100万冊を収蔵している。専任研究員は約120名(職員含む)で、歴史・文化研究および資料研究をおこなっている。
※1 産経ニュース「オスカルと切り開いた人生 「ベルばら」誕生50年、池田理代子さんに聞く」(2023年5月12日最終確認)
https://www.sankei.com/article/20221003-G7OBSAIU5RPJ7EUNETVCZAV5GQ/
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