4人組バンド「SEKAI NO OWARI」のメンバー・藤崎彩織(Saori)さんの3作目となるエッセイ『ざくろちゃん、はじめまして』(水鈴社 発行、文藝春秋 発売)が刊行された。
藤崎さんは2017年に結婚、妊娠、出産した。本書は「妊娠・出産編」(出産宣言、妊娠発覚~妊娠四十週・出産)と「育児編」(生後三日~生後三年)の構成。スタジオから直行した出産、ステージ上での失禁、息子の誕生後に夫婦でなった産後うつ......。壮絶な体験の数々とそのときに感じたことや考えたことを、率直につづっている。
昨年末に「Habit」で日本レコード大賞を受賞した「SEKAI NO OWARI」。紅白のパフォーマンスを観たが、画面の中の藤崎さんはとにかくキラキラしていて別世界の住人のイメージ。しかし、仕事をしながら妻として母として全力疾走し、ときに立ち止まる一人の女性の姿が、本書からは見えてくる。
藤崎さんは結婚を決めたとき、「すぐにSEKAI NO OWARIのバンドメンバーとスタッフに言わなくては」と思ったことがある。「結婚するということは、妊娠したら出産するということだからっ」――。いざ言ってみると、たんかを切った感じになった。
子どもは欲しい。一方で、自分が妊娠したらバンドの活動を止めてしまう可能性があるというプレッシャーが、いつも頭の片隅にあった。そこで結婚を機に、「私、しっかりタイミングを見ています」と宣言したかったのだという。
ただ、実際に妊娠、出産したらどうなるのかはよくわかっていなかった。そんな矢先、思いの外早く妊娠が発覚。産婦人科を受診すると、「ざくろの種くらいの大きさですね」と先生は言った(ざくろの種の大きさは4ミリ前後)。
「はじめまして、ざくろちゃん。心の中でそう思ってみると、全く膨らんでいないお腹に小さな生き物がいるような気がしてくる。」
こうして「未開の地を開拓するような」日々がはじまった。ざくろの種、ブルーベリー、さくらんぼ......と、お腹の赤ちゃんの成長を果物で表している。みずみずしくて可愛らしい果物は、赤ちゃんのイメージとよく合う。
華やかな世界の仕事を持ち、スケジュールは先々まで埋まっている。仲間がいて、夫がいて、子宝に恵まれた藤崎さん。それはもう幸せ以外の何ものでもないだろうと思うが、傍からはわからない「胸のつかえ」があったようだ。
藤崎さんは妊娠を喜ぶより先に、妊婦がこんなスケジュールをこなせるだろうか、もし休んだら「甘えてる」「やる気がない」という目で見られないだろうかと、仕事のことばかり考えていた。
6ヶ月を過ぎるまでは妊娠を公表しないと決め、どんなにしんどくても無理をした。「休みたい」と口にすることが、どうしてもできなかった。その理由は、レコーディング中に子どもの用事で帰ったスタッフに対して「覚悟が足りないんじゃないか」と、自身が過去に思ったことがあるからだ。
「子供のいないメンバーやスタッフが、あの時の自分と同じように考えていてもおかしくない。私だって、自分には見えていない世界があることにようやく気づいたばかりなのだ。」
この心境はよくわかる。同じ立場になってみないとわからないということは、往々にしてある。同じ状況に置かれて初めて、あのときあの人はこんな気持ちだったのかもしれないと、時間差で気づくことがある。
産後、感情のコントロールが効かなくなった藤崎さん。「女性ホルモン(評者注:本来の自分と別人格のため「ホルちゃん」と呼んでいる)に脳みそを乗っ取られました」と書いている。いわゆる産後うつの症状なのだが、「ホルちゃん」は夫に「ぎゃ~~」「きーー!」と敵意剝き出し。「離婚」の二文字が頭を過ぎった。夫婦はもう完全に疲労困憊だった。
ただどんな状況も、それがずっと続くわけではない。夫のもとに思いがけず新たな仕事が舞い込み、そして新型コロナウイルスが到来したことで、夫婦の家事育児・仕事の割合や気持ちにある変化が――。
妊娠、出産の体験は一人ひとり固有のものだけれども、共感できることもある。本書を読みながら、忘れかけていた痛みや喜びを思い出したり、日々の幸せに鈍感になっている自分に気づいたりした。音楽を聴いているように言葉が心地よく入ってきて、こんなふうに気持ちを表現できたらな、と思った。
「こんなに幸せなのに、幸せだと気づくにはなんて大変なのだろう」――。終盤に出てくるこの一文。ここにたどり着くまでの「なんて大変」の全容は、ぜひ本書を読んでほしい。
初めての妊娠出産、育児をしていると、あまりに大変なことが起きるので、何が正解だったのか、どうしたらよかったのかと思い悩むことばかりでした。でも、だからこそ、この本をどうしても書きたいと思いました。性別に関係なくお読み頂けたら嬉しいです。
――藤崎彩織
■藤崎彩織さんプロフィール
ふじさき・さおり/1986年大阪府生まれ。2010年、突如音楽シーンに現れ、圧倒的なポップセンスとキャッチーな存在感で「セカオワ現象」と呼ばれるほどの認知を得た4人組バンド「SEKAI NO OWARI」では"Saori"としてピアノ演奏とライブ演出、作詞、作曲などを担当。研ぎ澄まされた感性を最大限に生かした演奏はデビュー以来絶大な支持を得ている。文筆活動でも注目を集め、2017年に発売された初小説『ふたご』は直木賞の候補となるなど、大きな話題となった。他の著書に『読書間奏文』『ねじねじ録』がある。
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