「セカオワ」の愛称で知られる4人組の「SEKAI NO OWARI」は、紅白歌合戦に5回出場した人気バンドだ。圧倒的なポップスセンスに定評がある。ピアノ演奏とライブ演出を担当する紅一点のSaoriさんは、本名の藤崎彩織名義で発表した初小説『ふたご』が前々回(2017年下期)の直木賞候補になるなど文筆活動でも知られる。本書『読書間奏文』(文藝春秋)は、藤崎さんが文芸誌「文學界」に連載したエッセイをまとめたものだ。一冊の本をもとに自分の体験や思いを率直につづっている。そして「書評」でもなく、「読書感想文」でもない彼女の「読書間奏文」という芸に仕上げている。
取り上げる本と藤崎さんのターニングポイントになった体験とのマッチングが絶妙だ。森絵都さんの『犬の散歩』から「世界のすべてを牛丼に置きかえて考えるのがつねでした」というくだりを引用し、「私にとっての『牛丼』は、間違いなく仲間達と作ったライブハウスだった」と書いている。
デビュー前のメンバーたちはとても貧乏だったが、自分たちでライブハウスを作っていた。数百万円の借金を返すため、藤崎さんは学生にピアノを教えるアルバイト、しゃぶしゃぶ屋の仲居さん、居酒屋のキッチン、薬の治験といくつもアルバイトを掛け持ちしたという。そしてライブハウスが生活の中心だった。
だが、デビューしお金が入ってくるようになり、その軸がなくなってしまった。ある日、月々4000円で海外の恵まれない子どもの里親になるファンドを知り、ネパールの子ども2人を支援するようになった。だから今は8000円が価値の基準になった、と書いている。
本屋大賞を受賞した宮下奈都さんの『羊と鋼の森』にふれ、ピアノとの縁を綴っている。5歳のとき、ピアノの発表会でたくさんの花束を受け取る隣家の女の子がうらやましくてピアノをねだった。8歳になり上手とほめられると、練習をさぼるようになった。母親から鍵盤に鍵をかけられてから地道に練習を続けた。音楽高校に入り、ショパンのエチュードの難曲を奏でる同級生にショックを受けた。だが逃げずに藤崎さんも楽譜を読解し、弾く練習を重ねた。「卒業する頃には、山のような楽譜が部屋に積まれていた。そしてこの先も、自分はこの中で生きていくのだと思っていた」。それらの記憶があれば、ステージでも絶対に弾けると自分に言い聞かせる。そしてピアニストである彼女にとって一番大切なものは「お客さん」と結んでいる。
初めての小説『ふたご』は、5年がかりで書いたそうだ。その間、ほかの本はほとんど読まなかった。悪夢のような執筆期間だった。そして芥川賞を受賞した又吉直樹さんの『火花』から「必要がないことを長い時間をかけてやり続けることは怖いだろう? 一度しかない人生において、結果が全く出ないかもしれないことに挑戦するのは怖いだろう。(中略)この長い月日をかけた無謀な挑戦によって、僕は自分の人生を得たのだと思う」という文章を引用している。
彼女の人生の原点は読書にあるという。学校でうまくやれない子どもで、休み時間はいつも図書室で泣いていた。「私の人生を本が守ってくれたように」、この本が読者に寄り添ってくれたらいいという藤崎さんの願いは通じるだろう。読めば元気になり、勇気が出る本だ。
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