いま、「平家物語」が注目されている。2022年に入り、三谷幸喜さん脚本の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』、『リズと青い鳥』の山田尚子監督によるテレビアニメ『平家物語』、『映像研には手を出すな!』の湯浅政明さんによる映画『犬王』と、平家物語(やそれが描いた時代)を扱った作品が続々と登場しているからだ。今回は、その中でも『平家物語』と『犬王』に注目し、二つの作品を理解するのに役立つガイドブックを紹介する。
『平家物語』と『犬王』は、平家物語を扱っているというだけでなく、作家の古川日出男さんの著作を原作にしているという点でも共通している。それぞれ古川さん訳『平家物語』(河出書房)、同じく古川さんの小説『平家物語 犬王の巻』(河出文庫)が原作だ。
同じ年に、同じ作家の作品を原作に、同じ「平家物語」を扱ったアニメ作品が二つも生まれたのはなぜなのだろうか。偶然の出来事であるとはいえ、その背景には、近年の中世ブームの影響が見てとれる。2016年に発売された『応仁の乱』(中公新書)や2021年に週刊少年ジャンプで連載がスタートしたマンガ『逃げ上手の若君』の人気に見られるように、ここ数年、南北朝・室町時代を取り上げた作品は多い。
さらにさかのぼれば、中世ブームは過去にもあった。70年代後半から80年代前半には歴史学者の網野善彦さん・阿部謹也さんらの著作をきっかけに中世社会史ブームが起きたし、90年代後半から2000年代前半にも、映画『もののけ姫』や、現代国際社会を「新しい中世」としてみる国際政治学者・田中明彦さんの著作『新しい中世』などが人気を得た。
これらの流行は、国際情勢の不安定な時期と重なっているようにも見える。中世社会史ブームはソ連のアフガニスタン侵攻から始まる「新冷戦」の時期に、『新しい中世』論の流行はユーゴスラビア紛争から9.11、イラク戦争に至る不穏な時代に、現在の中世ブームはドナルド・トランプ氏大統領当選以降の不安定な国際情勢に対応する。世の中の秩序が乱れているとき、同じく秩序が乱れていた中世への興味が高まるのかもしれない。
そして、「平家物語」は、そんな中世の秩序の乱れ具合、「乱世感」を表現するのにピッタリな題材だ。たとえば、同じ鎌倉時代を描いた『鎌倉殿の13人』と比べても、山田尚子監督の『平家物語』は圧倒的に暗く、ストーリーのテンションが低い。
その違いは、おそらく二つの作品の、描こうとしている対象の違いに由来する。『鎌倉殿の13人』が現代風の表現を多用し、鎌倉時代の人物たちをリアルに生き生きと再現しようとしているのに対して、公式ガイドブック『平家物語 アニメーションガイド』でも触れられているように、『平家物語』は乱世の物語として受け継がれた、物語としての平安末期を描こうとする。
乱世の中で新しい秩序作りに挑んだ北条氏ではなく、時代に翻弄されて滅んでいく平家を選んだことで、『平家物語』は抜群の「乱世感」を描くことに成功しているのだ。
その『平家物語』と同じサイエンスSARU制作の『犬王』が描くのは南北朝末期、鎌倉幕府の安定が崩れ、再び世の中が乱世に突入した後の時代だ。
主人公である犬王は、歴史教科書に登場する観阿弥・世阿弥と人気を二分するほど有名な能楽師だったが、現在ではまったく記録が残っていないという、いわば忘れられた人。『犬王』は、その犬王と、盲目の琵琶法師・友魚の時を超えた友情を描いたミュージカルアニメとなっている。
劇中では、忘れられる側=歴史の敗者である犬王が、同じく歴史の敗者である「平家物語」を自分に重ねる。そこには、『平家物語』と同じく、乱世の中で翻弄された人々のストーリーが描かれている。
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